(報われぬ国 負担増の先に)厚生年金基金の解散 払い続けた年金、消えた

この記事の新聞切り抜きを見る《3月2日(木)》

 ◇第3部 療養不安

 昨年12月に届いた書類には、300万円を超える負担額が記されていた。長年加入していた栃木県石油業厚生年金基金からだった。

 「何十年も掛けてきた企業年金がなくなったうえ、追加負担まであるなんて。詐欺みたいなもんだ」。栃木県で給油所を営んでいた男性(64)は憤る。

 この基金は栃木県内の給油所などが集まり、社員らの厚生年金の一部(代行部分)と企業年金(上乗せ部分)を出すためにつくった。だが、積み立て不足に陥り、今年1月、ついに解散に追いこまれた。

 厚生年金の代行部分は積み立て不足を加入企業が穴埋めしなければならず、男性のもとにはその負担額が通知されていた。最長30年かけて、月に1万円ほどずつ払っていくという。

 男性は、多いときで数人の社員を雇って給油所を経営してきたが、エコカーの普及などでガソリンの販売が低迷した。貯蔵タンクが古くなって改修が必要になったのを機に、数年前に給油所をたたんだ。

 60歳からは厚生年金と企業年金を合わせて月に約8万円(基礎年金を除く)を受けとってきた。だが、基金が解散したため、厚生年金は支給されるものの企業年金分の約1万円がなくなる。男性は「病気などに備え、年金をあてにしてきたのに」と肩を落とす。

 ■詐欺事件も影響

 中小企業が集まってつくる厚生年金基金は、年金保険料を納める若い社員が減る一方、年金を受けとる退職者は増えてどこも厳しい。さらにこの男性が加入していた基金は、2012年2月に発覚したAIJ投資顧問の詐欺事件で、運用のために大手信託銀行を通じてAIJに預けていた約40億円を失い、積み立て不足が拡大してしまった。

 企業年金は退職時にまとめて一時金として受けとることもできるため、退職金の一部と位置づける中小企業もある。昨年2月に解散した京都府建設業厚生年金基金に加入していた資材会社でも、退職者の多くが一時金で受けとっていた。

 勤続年数などに応じて100万〜200万円ほどだったが、解散後はもらえなくなった。この会社の担当者は「退職金代わりだったので痛い」ともらす。

 厚生労働省のまとめでは、昨年末時点で厚生年金基金483基金のうち290基金が解散を予定していた。その9割にあたる261基金は13年度末時点で企業年金の積み立て不足に陥っており、企業年金がなくなったり減額されたりするおそれがある。261基金の年金受給者と現役加入者は計約300万人に及ぶ。

 ■増えぬ現役社員

 厚生年金基金はかつて1900基金近くあり、会社員が入る代表的な年金だった。だが、この20年余りで、高齢化と経済低迷という日本社会の変化にほんろうされていく。

 「厚生年金基金をつくらないと損ですよ。余った金で大企業なみに保養所やプールもつくれます」

 信託銀行の元行員は、1990年代初めにはこんな営業トークがあたり前だったという。「当時はまだまだ金利も株価も高かった。資金さえ集めて国債や株式に運用すれば、中小企業も銀行ももうかる。ウィンウィンだった」

 入行したのはバブル経済の余韻が残る91年で、運用利回りで年6〜7%を稼ぐ基金もあった。運用で大きくもうけた分で保養施設をつくることもできた。

 しかし、5年ほどで「おかしい」と感じ始めた。基金に加入する段ボール製造や繊維などの中小企業の社員が減っていったからだ。「100人の加入をみこんでいた基金に10人ほどしか入らない。業界が厳しくなって厚生年金の保険料を払う現役社員が減った」

 97年、さらなる衝撃が襲う。アジア通貨危機が起きて世界的に株価が急落した。国内では不良債権を抱えた山一証券や北海道拓殖銀行などの経営破綻(はたん)が相次ぎ、金融不安が広がった。

 基金が買っている国債の金利や株価が下がって運用利回りが悪化し、積み立て不足が目立ち始めた。「ぎりぎりの基金はすぐに資金不足になった」という。

 厚労省は02年度、基金が厚生年金の一部を国から預かって運用する「代行部分」を国に返上することを認めた。大企業がつくる基金は負担を減らそうと代行返上し、支給額を減らすなどして企業年金だけの組織へ移行して生き残った。

 だが、中小企業の基金の多くは企業年金に移行するほどの余裕はない。同年度には代行部分の積み立て不足だけを穴埋めすれば、企業年金に移行せずに解散できる特例も認められた。

 「国は中小企業の企業年金を守る気はないと感じた。従来の基金のしくみは崩れたと思った」。元行員はそう振り返る。

 ■広がる老後の格差

 厚労省の厚生年金基金のモデル例では、支給月額は基礎年金が約6万5千円(夫婦で約13万円)、厚生年金(代行部分含む)が約10万円、企業年金が約7千〜1万6千円になる。

 企業年金は受けとる期間が10〜20年の人が多い。企業年金がなくなると数百万円の老後資金を失う人が出るおそれがある。

 基金に加入している人の多くはいま、中小企業の社員らだ。解散によって企業年金を失えば、企業年金が出る大企業と中小企業の老後の格差が広がる。

 厚労省の13年の調査では、退職金も企業年金もない企業の割合は従業員数が30〜99人だと28・0%で、10年前より12・8ポイント上がった。一方、従業員が1千人以上だと6・4%で、3・5ポイント上がった。

 ただ、基金に入る人は企業年金がなくなっても、厚生年金は支給される。もっと支給額が低い国民年金に入る人もいる。

 国民年金は保険料を40年間納めた場合でも支給額は月に約6万5千円だ。保険料を納めない時期などがあると年金額は少なくなる。

 厚労省の11年の調査では、国民年金の加入者約1700万人のうち無職が約39%、臨時・パートの非正規労働者が約28%、自営業が約22%、厚生年金がない会社などで働く常用雇用が約8%だった。

 高齢になると、病気で医療費がかかったり介護施設に入ったりして療養費がかかる。年金が少なければ少ないほど、年をとったときの療養不安が増す。

 家計の相談に応じるファイナンシャルプランナーの藤川太さんは「公的な年金だけでは老後破産する。若いときから地道に貯蓄する習慣をつけたほうがいい」と話す。

 年金にくわしい慶応大非常勤講師の久保知行さんは、社会の変化に合わせた見直しを訴える。「非正規労働者も厚生年金に加入させる必要がある。また、厚生年金や国民年金は受給開始を遅らせるほど額が増えるので、企業は社員が定年後も仕事を続けられたり、退職金や企業年金だけで暮らせる期間を長くできたりするよう支援すべきだ」

 (座小田英史、生田大介、松浦新)

 ◆キーワード

 <解散が相次ぐ厚生年金基金> 厚生年金基金は会社員らが入る年金のひとつ。国から厚生年金の積立金の一部(代行部分)を預かり、企業が社員のためにお金を出して上乗せする企業年金とともに運用している。バブル崩壊後の不況で運用利回りが低くなったり、高齢化が進んで年金受給者が増える一方、現役社員の加入者が減ったりして、大企業の基金が代行部分を国に返上し、企業年金だけに移行していった。2012年にはAIJ投資顧問による年金積立金詐欺事件が起き、多くの基金が預けていた年金資金を失った。

 ■中小企業と大企業の「企業年金」「退職金」の格差

調査時点  退職金のみ 企業年金のみ 退職金と企業年金がある どちらもない

<30〜99人の企業>

2003年 45.8%  15.5%    23.5%    15.2%

  08年 51.5%   8.1%    22.1%    18.3%

  13年 53.3%   6.2%    12.5%    28.0%

<1000人以上の企業>

2003年 10.7%  18.5%    67.9%     2.9%

  08年 18.4%  22.8%    54.0%     4.8%

  13年 21.5%  27.1%    45.0%     6.4%

 (厚生労働省調べ)

 ◇「報われぬ国」は原則として月曜日朝刊で連載します。ご意見をメール(keizai@asahi.com)にお寄せください。

 【写真説明】

解散した厚生年金基金に加入していた中小企業には当初、赤字穴埋めの負担額が400万円近くになる見通しだという書類が届いた

 【図】

厚生年金基金は減り続けている

厚生年金基金の解散後は

 

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