法政大学年金裁判高裁判決の問題点

                 2018年7月 弁護士 福田 護

第1 経過

・ 提訴 念012(平成24年)9月10日

原告 横内廣隆ほか計14名(提訴時)

被告 学校法人法政大学

・ 請求の趣旨

① 2011年4月1日の法政大学年金制度の改定前の年金を受給する権利を有することの確認を求める。

 ② 同改定前の年金額と改定によって減額支給された各年度の年金額との差額の支払いを求める。

・ 東京地裁2017年(平成29年)7月6日判決 請求棄却

・ 東京高裁2018年(平成30年)6月19日判決 控訴棄却

第2 高裁判決の基本的性格

 ・ 高裁は、被告(被控訴人)に対し、どのようなシミュレーションに基づいて、年金制度改定の必要性を考え、説明したのか、乙19号証(大学作成の将来予測等を記載した学内年金ニュース。20年後に年金資産は底をつくというもの)は改定案の前提になったものかを明らかにしてほしいとの釈明をしていた。被告は、これに対して答らしい答をしていない。

・ しかし高裁判決は、基本的に、地裁判決のほころびを取り繕い、原告の請求を棄却する理由を整えるだけの、大学の立場に立った「言い訳判決」となり、本件年金改定の問題点を直視しないものとなった。特に、乙19による将来予測を、まともなシミュレーションであるかのように擁護し、これと矛盾する乙86号証(被告が本訴訟係属後に三菱 UFJ信託銀行に依頼し作成したシミュレーション)に全く言及せず、これを無視していることが特徴的である。

第3 主な論点についての判断と問題点

1 年金受給権の権利性について

(1)判決の要点

・ 本件年金制度は、福利厚生、功労報酬の性格を強く有し、教職員間の相互扶助 の性格をも有するもので、賃金の後払いの要素が含まれるとしても、また年金受給権が一定の権利性を有しているとしても、受給者の同意がない限り一方的に減額できないような権利であるとはいえない。「労働契約上の具体的権利」との原告の主張を否定。(p22)

        (2)問題点

・ 地裁判決は、恩恵的給付、功労報酬、相互扶助としての性格を有するものとし、「権利」性に全く触れず、本件年金改定の必要最小限度性を求めず、合理性・必要性を極めて緩く是認した。

・ 高裁判決も、正面から権利性を認めたものとはなっていない。それが、年金減額の要件を緩和し、必要最小限度の減額という限度を要件とせず、広く年金減額を許容する判断と表裏の関係になっている。地裁判決と構造は同じ。

2 本件改定の必要性・合理性、必要最小限度性

(1)原告の主張

・ 年金受給権の不利益な変更をする場合、専門的なシミュレーション等によって年金制度の維持存続のために必要最小限度の減額はどの範囲かという検討がなされるべきなのに、それがなされていない。本件改定は、学校法人会計基準の変更による法人の貸借対照表への年金財政の反映可能性への対処のため、将来の永久償却方式を変更して過去勤務債務を一挙に償却しようとする、多目的考慮の過大な改革である。

・ 20年後には年金基金が底をついて本件年金制度は破綻するという、法人作成の説明資料(乙19)は全くの誤りであるが、その誤った予測によって受給者らの危機感が煽られた。逆に、専門的シミュレーションである乙86は、本件改定をしなくても年金財政は破綻せず、十数年後には改善傾向となることを示している。

・ 乙19の誤りの基本的原因は、将来の受給者数が近年の受給者数の延長線上で増加するという前提をとっていることにあるが、それは法人自身が1998年時点で受給者のピークは2017年と予測しており、乙86も同ピークを2018年と予測しているのにも反する、全く根拠のない前提である。

(2)判決の要点

・ 本件年金制度に係わる年金契約は、契約内容が本件年金規程等によって一律に規律され、その契約内容の変更は本件年金規程等の定める手続きによって行われることが予定されていた。(p23)

・ 被告は、年金規程36条の3(死亡率、脱退率、昇給率、平均加入年齢、予定利率等に著しい変動があった場合、その変動に応じて合理的と考えられる範囲内で年金給付額を減額できる)等の規定を根拠に、合理的と考えられる範囲内で減額できる。(P23)

・ 本件改定時点で、将来の給付を賄うに足りる年金資金が「大幅に不足していた のは明らか」であり、「このような事態に至ったのは、本件年金制度における支出(年金給付額)が、全体として、収入(拠出金、運用益、特別繰入)を上回っていたからであり」、「被控訴人には本件年金基金に対し、無限定に拠出する法的責任はないという前提で考えると」積立不足が近い将来に改善されたとは認められず、「被控訴人において、永久償却方式を継続すべき義務はなく」「平静23年4月当時、永久償却方式から方向転換し、未償却過去勤務債務を有期償却することを前提に、本件年金制度を改定する必要性があったことは否定することができない。」(p24)

・ 乙19については、その将来予測が客観的に誤っていたということはできない、と判断している。その理由として、「もし、このペースで年金給付額が増加し、被控訴人の負担をこれ以上増加させないと仮定した場合には、本件年金財政は今後20年ほどで底をつき、破綻することが予想されるとし、中長期的なシュミレーション結果が示されている」、その受給者数の増加傾向継続という、「前提条件 は、同シミュレーション結果を記載したグラフに明示されていた」等としたうえ、法人自身がしていた1998年時点の予想は10年前のものであり、それとは異なる「より現実に近い年金受給者数の予想を前提条件とすることは不合理であるとはいえない」とする。(p24~26)

(3)判決の問題点

・ 結局、制度の維持存続が可能な必要最小限度の減額改定とは何か、それが検討されていないという最も基本的な問題点については、高裁判決も回答していない。年金規程に基づいて合理的な範囲で減額ができる、というだけ。

・ 乙19のデタラメさについても、被告の言い訳をそのまま繰り返し、強引な正当化をしようとしている。受給者数が直線的に増加を続けるという前提条件は、被告自身の1998年の予測によっても乙86のシミュレーションによっても否定されているのに、乙19の方が「より現実に近い」「不合理とはいえない」などと全く根拠のない判断をしている。

・ これらの判断をするのに、被告が委託して作成された専門的機関のシミュレーションである乙86が、最も信頼性が高いはずなのに、これをことさらに無視してしまっている。乙86を踏まえたら、このような判断ができないからである。

・ なお、地裁判決は、「原告らが主張するように、被告が加入者らや受給者らを欺く目的で積極的に虚偽の情報を提供したことを認めるに足りる証拠はなく」と、 原告の主張を全くねじ曲げて、乙19を擁護しようとしていた。高裁判決は、地裁判決における原告の主張のねじ曲げについては、「大学が客観的に誤った説明を行った」との主張として訂正したが、乙19の予測を正当化しようとした判断 は、やはり支離滅裂で破綻している。

3 法人の基金充実責任・拠出責任

(1)判決の要点

・ 年金規程8条2項が「本法人は年金又は一時金を確実に支給する義務を負う」と定めているが、これらの規定をもって直ちに法人に基金充実責任及び拠出責任を課しているとは認められない。(p27)

・ 年金規程28条1項の「不足額については別に定める基準により本法人がこれを負担する」との規定は、再設計債務を除く狭義の後発過去勤務債務を原則として法人の負担とするものと解されるが、実際に負担する内容については「別に定める基準」により具体化することとしているのだから、「被控訴人において過去勤務債務の全額を当然に負担することまで定めたものと解することはできず」、 同基準定められない限り、「被控訴人が負担すべき義務の具体的内容も決まらないはずである」から、これまでの法人の第二拠出金の支出や特別組入も法的な義務の履行とは認められず、「年金規程28条1項は、その文言に照らし、「別に定める基準」が定められるまでの間、被控訴人が本件年金基金に対し無限定に拠出する法的責任を定めたものとまでは解することはできない。」(p28)

(2)問題点

・  年金規程28条1項は、不足額は法人が負担するという結論は明記しているのであり、「別に定める基準」が未定だから法人の義務ではないなどというのは、全く非論理的な屁理屈。しかも、「別に定める基準」も法人が定めるべきもので、

 それを怠って放置してきたのは法人の責任である。この高裁判決の説明のしかた

 は、基本的に地裁判決と同じ。

・ 「無限定に」拠出する責任などとは、原告も主張していない。法人の年金制度の管理の怠慢による財政悪化の責任を指摘し、教職員の拠出金の見直しを含めた適時の制度設計を怠ってきたことも主張してきた。問題のすり替えである。

4 永久償却方式を採り続けて財政を悪化させた責任

(1) 判決の要点

・ 「被控訴人が、過去勤務債務について、永久償却という方法で元本を償却せず、未償却過去勤務債務を増大させたことについて、一定の責任があるとしても、被控訴人において未償却過去勤務債務や再設計債務の処理について一定の対応をしていることなどに照らせば」、「本件年金規程上、被控訴人に無限定の拠出責任があるということはできない」。(p30)

(2) 問題点

・ 「一定の対応」をしたというが、法人自身が自分の拠出責任を認めている範囲99年改定の際に約束された50億円の拠出もされないままであった。それが当時拠出されていれば、年金財政も大きく変わっていたこと等の原告の主張に判決は答えず、ここでも「無限定な拠出責任はない」として問題をすり替えている。

・ なお、制度発足当時から永久償却方式をとらず、10年の元利均等有期償却をしていたならば、年金財政は健全に推移していたことを、原告は償却年金現価率を用いて試算し、被告が永久償却方式を漫然と取り続けていたことの誤りと責任を、その面からも裏付けたが、地裁、高裁とも判決はこれを無視している。

5 年金規程36条の3「著しい変動」の場合の年金減額規程の解釈

(1) 原告の主張

・ 36条の3は、死亡率、脱退率、昇給率、平均加入年齢、予定利率等に著しい 変動があった場合、その変動に応じて合理的と考えられる範囲内で年金給付額を減額できる旨を規定しているところであるが、原告は、再設計債務は28条2項で第一拠出金及び運用益によって賄うこととされており、36条の3はそれ以外の予見しがたい著しい事情の変更があった場合についての規定であり、また、「著しい変動」は社会的事実の客観的変動のことであって、法人が自分の選択で生命表を入れ替えたり予定利率を変更することは含まれない、と主張した。

(2) 判決の要点

・ 36条の3の要件は、「年金制度の設計上、計算基礎率その他の重要な構成要素に著しい変動があった結果、受給者の受給額を変更せざるを得なくなるような 場合を広く指すものと解するのが相当である」。(p34)

・ より実態に即した生命表に変更した結果、多額の再設計債務を発生させること になるのも、死亡率の「著しい変動」に該当。予定利率の4%から3.5%への引き下げも「著しい変動」に該当。(p34)

6 法人の財状態の健全性と年金財政への補填について

(1) 判決の要点

・ 学校法人は、教育水準を向上させ、その維持を目指すべきものであり、教育の ために必要な財産はそのために永続的に学内に留保して使用する必要がある。大学の財政は、学生納付金と補助金からなり、学生納付金は教育のために学生・保護者が納付したものであり、補助金も国民の血税を原資としているから、適切な支出を行う重い責任がある。

・ 大学の財政から、本来独立採算であるべき年金財政への補填は、明確な負担の 根拠がある場合は別として、限定的に行うべきであり、その支出額・時期についても大学の合理的な裁量の範囲内にあるから、「無限定に拠出する責任はない」。

(2) 問題点

・ 本件年金制度は、教職員が「安んじて職務に専任できるようにすることを期し、その退職後の生活を保障する」ことにより、教育のための人材を確保しようとす るものであって、その年金支給も教育目的のためのものである。しかも法政大学 においては、年金制度創設時期の教職員の賃金水準は民間企業、国公立大学及び 他の私立大学に比べて大幅に下回っている状況の下で、優秀な人材を確保するための人件費の将来への先送りでもあった。学生納付金や補助金は教育目的に使うべきだという議論は、早稲田大学年金事件高裁判決においてもなされているが、 年金支給も教育投資にほかならない。

7 本件改定手続の相当性の欠如について

(1) 判決の要点

・ シミュレーションの不可欠性については、乙19で「中長期的なシミュレーョン結果が示されている」、それが誤りとはいえず、これによって原告らの危機感を煽り、改正内容と手続きが歪められたとはいえず、手続上重大な瑕疵があるとはいえない。

・ 理事長の「この問題を解決しないことは、法政の年金がなくなることを意味します」等の書簡も、前後の記載からして、改革案への同意を求めるものであって同意意思確認の手続に重大な瑕疵があったとはいえない。

(2) 問題点

・ 年金制度が破綻し、なくなってしまうというのが、教職員や受給者に対するどれだけ大きな圧力になるか、しかも大学の担当部署や責任者がそういうことの影響に、あえて目をつぶるもの。

 

 

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