2016年3月22日
厚生労働省年金局
局長 鈴木 俊彦 様
東京都北区志茂2-43-1 木村方
電話・Fax 03-3902-2189
企業年金受給権を守る連絡会
代表世話人 夏野 弘司
拝啓 時下公務ご苦労の多いことと存じます。
私たち「企業年金の受給権を守る連絡会」は2005年1月、松下福祉年金、NTT,TBS,早稲田大学、りそな銀行など、企業年金減額裁判の原告団を中心として裁判を支援する会など含め13団体で組織されました。以後、各裁判闘争の支援活動や貴省・各政党などへの要請活動を続けてきました。また、この間シンポジウムなども数回開催し、企業年金の受給権・支払保証制度の法制化を要求し運動している団体です。
企業年金は、事業主(企業)と労働者の雇用契約の一部(労働条件)です。企業年金の原資は退職金であり、専ら事業主の都合で退職時一時金とせず延払いとしているものです。従って退職後は事業主の責任で退職者に給付すべき金銭債務であり、リスクもコストも当然に事業主が負うべきもので業績・好不況・運用環境の変化などを理由に減額することは許されないものと理解しています。しかるに確定給付企業年金法の下でキャッシュバランスプランが導入され、黒字企業でも条件次第で減額可能とする通知発出などの施策が続いたことは受給権を侵害するものと考えています。
今般はリスク分担型DB(仮称)が企業年金部会で「了承された」として貴省は政省令の公布に向け準備中とのことですが、貴省案には重大な問題と疑義があると考えて、以下に質問をしますので、3月31日までにご回答のほどお願いします。
なお、この質問書は当会のホームページに掲載し、貴省からの回答も到着次第掲載いたします。
記
1.本案提案の動機について
第16回企業年金部会の「資料1」の厚労省案は第15回部会の「議論の整理」を踏まえたものであり「資料1」を検討する出発点として「議論の整理」の基本点について先ずお伺いします。
「議論の整理」1.の冒頭では「企業年金制度等は・・・公的年金を補完する形で事業主による企業年金の実施や個人の自助努力を促し老後所得保障を図る制度である」「法の中で公的年金を補完するものと明記されている」としています。しかし、確定給付企業年金法第1条は「公的年金の給付と相まって国民の生活の安定と福祉の向上に寄与することを目的とする」と規定しています。「相まって」とは、「二つのことが作用しあって」「重なり合って」という語義であり、「補完」とまで拡大解釈できません。それでも貴省が補完関係にあるとするのであれば、企業年金が不振になり減額が広がったら公的年金で補完することもあり得るとお考えなのでしょうか、お伺いします。
公的年金は憲法第25条に基づき国が責任をもつべき分野であり、企業年金に補完を求めたり、まして個人に自助努力を求めたりすることは、あってはならないことと考えますが、どのように判断されますか。
また、「補完」との「明記」はどの法令の条文を指しているのかも併せてお伺いします。
2.ニーズ把握について
(1)「議論の整理」5頁(2)では「現場のニーズ・・・踏まえつつ」とあります。「資料1」25頁には「DB実施企業における制度見直しの検討状況」が出ており、部会当日の課長説明では「全部または一部をDCに移行、加入者・受給者の減額、制度終了」との回答が「一定程度ある」として「事業主の負担が大」と方向づけられました。しかし、これら4項目の合計は22.0%であり「検討の予定はない」36.4%よりも遥かに少数です。
元々企業年金は企業の経営責任でコストとリスクの負担を覚悟の上で採り入れている人事制度です。負担が大だからと、加入者やまして脱退している受給者にリスク分担を求めて企業の軽減策を検討するのは適切とお考えでしょうか。
(2) 「資料1」は随所に企業側の意向や利益を反映しているようですが、加入者・受給者の意向はどのように把握し反映しておられるのかお伺いします。
これまで、例えば2014年(平成26年)制定の「健全化法」に先だってパブリックコメントを実施されましたが、受給者や受給者団体からは受給権を守って欲しいという観点からの種々の要望が多数寄せられました。これをどのように反映しようとされたのか、「資料1」に結実しているのかお伺いします。
(3)貴省が重要施策を検討審議する場としてこれまで有識者会議、専門委員会、年金部会、企業年金部会など各種の会議を主宰してこられましたが、加入者・受給者の意向を反映する上で、構成員に労働団体・労働組合・受給者団体を加える努力は如何でしたか。現状は少ないと私どもは認識していますが、適正とご判断なのでしょうか。労政審議会のように公労使三者構成の枠組みを適用することについてのご見解は如何でしょうかお伺いします。
3.受給権保護について
私ども企業年金受給権を守る連絡会では既に文書や国会議員レクチュアの場を通して受給権保護に関わる要望を重ねてきました。
例えば受託者責任です。企業・基金などは自己の利益でなく加入者・受給者の利益に専念する忠実義務が定められています。企業年金部会やパブリックコメントでも、受託者責任の強化が求められ貴省はパブリックコメントに寄せられた意見への見解、FAQ「考えかた」などで「今後の検討課題とする」「来年の春以降、企業年金部会で議論してはどうか」と貴省は述べましたが、その後の経過はどうでしたか、「資料1」にはどのように反映されているでしょうか。
支払保証制度についても当会は国会附帯決議に基づいての具体化を要望してきました。しかし貴省は企業年金部会で費用や公平性を理由に「来年春以降の検討としてはどうか」と表明されました。
その後の検討経過と「資料1」への反映は如何なものかお伺いします。
4.基本的立脚点について
「資料1」4頁にはこの提案が「日本再興戦略」に基づくものであることが明記されています。しかし、確定給付企業年金の制度改善に就いては「ⅰ)金融・資本市場の活性化等」の項目で提起しており、老後の所得保障や受給権の保護などの観点が欠落しています。かかる戦略を基本にしての提案では、上述1~3で指摘の諸点が出てこざるを得ないのであり、金融・資本市場の活性化を重視しての施策立案は厚労省の任務としては如何なものでしょうか。
厚労省設置法で「厚生労働省は、国民生活の保障及び向上を図り、並びに経済の発展に寄与するため、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進並びに労働条件その他の労働者の働く環境の整備及び職業の確保を図ることを任務とする」と定めています。これに照らしてのご見解をお伺いします。
5.適用対象について
リスク分担型DBの対象は未実施企業を対象にするのが筋道と考えます。現行確定給付企業年金の加入者・受給者がリスクを分担する必要のなかったところへ分担を求められるのは、不利益を覚悟すべき大転換で想定外の事態です。企業には好都合な制度でも加入者・受給者が不都合不利益を受ける危険性のある制度の設計は、厚労省設置法の定めに照らして如何なものかお伺いします。
6.想定不足金の積立について
企業年金の普及拡大を図りたいのであれば、想定不足金の積立についてDC並みの税制適用とする「弾力的な掛金拠出」の部分だけを、「弾力的な給付設計」の部分とは切り離して導入する方策はどう考えられますか
これであれば企業も加入者受給者もメリットを享受できて普及拡大に資すると考えられますが、貴省の見解をお伺いします。
7.移行時の意思決定について
現行DBがリスク分担型DBに移行する場合の手続要件が挙げられていますが、「同意者3分の2以上」との線引きの合理的根拠は乏しく、「十分な説明」も基準が曖昧です。かかる要件を満たすだけで不同意者の受給権を多数決で奪うことは許されません。仮に貴省案が施行されるとしても、リスク分担型DBに移行する場合、同意者だけに限定する必要があります。かつて“減額は同意した者を対象とすることが可能”との通達が発出(年基発第0316001号平成16年3月16日)されており、これに則ることが最低限必要と考えますが、貴省としてはどう判断されますか。
8.意思決定のあり方②について
労使対等が原則とは言え異なる実態、形式的に流れている実態が、企業規模の大小を問わず余りにも多い現状を考慮する必要があります。少なくとも、労働組合のない場合の過半数代表者の選任は、一個人に重責を負わせる点で形式的に処理されることは許されません。議題を独自に掲げて説明を十分に行なった上で代表者を投票で選任する民主的手続きが必要と考えますが、如何でしょうか。
9.意思決定のあり方③について
加入者が運用の意思決定に参画することなど盛られていますが、運用環境が厳しいなかで“方針通りの運用確認“結果についての議論”という任務を遂行していくには、広くて深い専門知識・情報に精通していることが求められます。さらに企業と同等に結果責任を問われる事態もあり得ます。参画させることでリスクを分担させるという狙いが浮き彫りと考えざるを得ませんし形式的な労使参画で加入者は安心できません。
真に加入者の意思を反映させるのであれば、加入者の利害を代弁できる代理人を加入者が選任できる等特別の方策を採り入れるべきではないのか、他にどんな選択肢があり得るかお伺いします。
なお、「受給者の参画は妨げない」とありますが、「受給者」とは代表者なのか、どのように選任するのか、現段階でのお考えをお伺いします。
10.不足の測定と想定外の事態について
(1)想定される積立不足の測定について16頁には三通りの算定方法が例示されています。いずれにしても受給権の保護という観点からすれば客観的で適切なルールが不可欠です。この点で、算定方法は労使合意に委ねられるのか、省令に定められるのかお伺いします。
(2)仮に測定額に至らない積立状況のまま現実に不足が多額に至った場合の企業責任はどうなりますか。例えば測定額10億円として企業が1/2の5億円を拠出し得なくて3億円にとどまった場合、10億円の不足が生じた時に加入者・受給者の減額は3億円を越えてからなのか、5億円を越えてからなのか、具体的にお示し下さい。
(3)ルール通りに測定して必要金額を満額積立てても、その金額を上回って不足金が発生した場合、追加拠出しない前提の制度であることを理由に、企業の拠出は一切無いのでしょうか。この場合、残る金額は受給者・加入者の減額とする、つまり1/2以上の負担となることがあるのでしょうか。
(4)想定を超える不足金が生じた場合は、双方が1/2ずつの負担とする原則なのでしょうか。10億円想定のところ12億円不足の事態となった場合、企業は1億円追加拠出となり、一括拠出とは異なるものの、税法上損金処理は可能と考えられるのでしょうか、これは省令で定める予定なのか、労使合意に委ねるのか、お伺いします。
11.不足測定の変更について
(1)「資料1」では「20年程度に一度の損失に耐え得る」狙いが強調されていますが、これは積立不足の償却ルールに拘泥した発想ではありませんか。現実には利潤率の低下、諸矛盾の激化、地政学リスク顕在化などで、金融・経済環境の激動により当初想定の不足額は20年程度に関係なく大きく増大する可能性に備えて企業が20年程度に無関係に給付現価の1.5倍まで、制度開始後随時に追加拠出することが許容されるよう税務当局との交渉意向はありますか。
(2)企業の成長発展と共に加入者が増加し、給付現価が増大していくこともあり、再計算の都度想定される積立不足金が増大し企業は拠出を追加する必要が生じます。
「資料1」27頁末尾の※には「新たに労使合意を形成し掛金(率)を変更することは妨げない」とありますが、この制度の趣旨と狙いからすれば再計算の都度、当然に変更を求めるべきではないでしょうか。
(3)税法の損金処理についてDC並みとする余りに、追加拠出は無い仕組みとすると、企業は「あらかじめリスク対応掛け金は拠出済み」として追加拠出を拒否して当然、となりませんか。企業が追加拠出をしなかったため不足発生時に加入者・受給者が1/2以上の減額となる場合、企業の責任は問えるのでしょうか。
12.調整率について
調整率は28頁に次のように例示されています。
(ア) 剰余が生じている場合 (積立金と掛金現価の合計額が、給付現価と財政悪化時に想定される積立不足の合計額を上回る場合)→ 調整率=(積立金+掛金現価-財政悪化時に想定される積立不足)/調整を行わない場合の給付現価
(イ) 財政均衡している場合 (アとウの間の状況である場合)→ 調整率=1.0
(ウ) 不足が生じている場合 (積立金と掛金現価の合計額が、給付現価を下回る場合)→ 調整率=(積立金+掛金現価)/調整を行わない場合の給付現価
(1)「基本的には給付を増額」とありますが、基本としつつも他の方法は許容されるのでしょうか。例えば、危機事態に備えるとの理由で(ア)のウエイトを(ウ)より低める、つまり増減均等な方式でなく給付増額を抑える方式は可能ですか。
(2)剰余が生じても、金融経済の激変に備えるとの理由で給付増額はしないことは可能ですか。
(3)再計算の都度給付増額とするのは煩雑という理由で再計算期間の長期化とか給付インターバルの長期化を図るのは可能ですか。
(4)これらは労使合意に委ねるのみで、厚労省としては省令に義務づけることはないのですか。
13.専門的第三者について
「資料1」21頁には、積立不足の測定方法あるいはリスク対応掛金の拠出、出し方の方法について、一定のルールを設けた際には、そのルールに沿った積立不足の測定、あるいは拠出額の設定が行われているかについて、一定の専門性を有する第三者が確認するとの
ことですが、第三者の公正度の担保は国家資格を保持している個人・組織とするのか、これ以外の者でも構わないのですか。
第三者の重過失、不正など法律上違法行為と問える事案は提訴の道がありますが、これ以外に過失や専門的知識の不足などで損害が発生した場合、何らかの処罰は規定するのですか。法的処罰にまで至らないとしても加入者・受給者側はどう対応できるのですか。行政の監督責任はどのようにお考えでしょうか。
14.閉鎖型DBについて
「資料1」40頁末尾※には閉鎖型DBへの移行も可としていますが、移行を決定する場合の要件として受給者の意向集約や同意はどのように扱われますか。移行の場合、受給権を保護する上で現行の閉鎖型DBについて改善すべき事項はないのでしょうか、お伺いします。
15.省令施行について
以上、取りあえず疑問点を述べてきましたが、リスク分担型DBは確定給付どころか不確定不安定な給付を行なうものです。確定給付企業年金法が第一条に定める目的「国民の生活の安定と福祉の向上に寄与すること」に背馳するものです。
かかる重大な問題ある制度を省令によって施行するのは法治国家として不適切であり、新たな法案として国会に上程し国民的関心を高めつつ民主的な討議を経て施行するか廃案とするか、立法府で決定すべきものと考えます。貴省が、新法でなくて省令で施行すべきとする理由をお伺いします。
以上
追記 本件に関する連絡先 115-0042
東京都北区志茂2-43-1
木村 文男
電話・Fax 03-3902-2189
Eメール kimura-f@ma.kitanet.ne.jp
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