厚生年金基金等の資産運用・財政運営に関する有識者会議
座 長 山口 修 様
減額要件の緩和は行うべきでなく、
受給権の完全な保護と支払保証制度の早期確立を求める要請書
2012年6月7日
東京都北区志茂2丁目43-1
木村文男方
企業年金の受給権を守る連絡会
代表世話人佐々木 哲夫
同 上 夏野 弘司
(はじめに)
1 「企業年金の受給権を守る連絡会」とは
企業年金の受給権を守る連絡会(以下「企業年金連絡会」という。)は、企業からの一方的な企業年金減額を止めさせ、受給権の完全な法的保護と支払保証制度の確立を求めるセンターとして活動している団体です。(創立は2005年1月、現参加団体は14団体。)
2 貴有識者会議に要請する理由
厚生労働省は、貴有識者会議の名称に「厚生年金基金等の資産運用・財政運営に関する・・・」と「厚生年金基金」に「等」の文字を付してAIJ事件で露になった厚生年金基金を巡る規制のあり方を含む問題点、とくに被害が集中した総合型厚生年金基金を巡る問題点に的を絞るのではなく、確定給付型企業年金一般に枠を広げ、また「給付水準引下げの基準(理由要件、手続要件)について緩和すべきとの指摘もあるがどのように考えるか」を「ご論議いただきたい論点(たたき台)」として示しています。一般新聞の論調でも、厚生労働省が貴有識者会議を設置した重要な狙いは、確定給付型企業年金の減額要件の緩和、とくに受給者の減額要件を緩和して積立不足を解消することにあると報じています。企業年金連絡会は受給権の完全な保護と支払保証制度の確立を求める団体として、このような動きを黙過できず、貴有識者会議に、「要請項目」に記載する事項を要請する次第です。
3 要請書の内容
この要請書は、企業年金受給者を対象とする減額要件緩和(以下の文章においては「減額要件」とは受給者を対象とする減額要件を意味する。受給権も同じ。)について、「要請の趣旨」に示す諸論点から、減額要件緩和には道理がなく行うべきでないこと、減額要件は受給権の完全な保護に置き換えるべきこと、棚上げにされている確定給付企業年金法案可決時の衆参両院の厚生労働委員会の附帯決議にある支払保証制度確立のための検討を直ちに行うべきことを求めています。そして最後に、貴有識者会議がここに示してある諸論点を理解され、報告書に要請の主旨を反映して下さるよう要請しています。
(要請の趣旨)
4 受給権の完全な保護は確定給付型企業年金の本来のあり方です
企業年金は、もみじ銀行退職慰労金請求事件に対する最高裁判決(2010年3月16日)を引用するまでもなく、多年の労働に対する対価であり、退職時に確定された年金額は、事前に取決めがなされている場合または当事者が合意した場合以外は変更できないものです。さらに上記最高裁判決は、対象者 49人中1人を除くほぼ全員の同意を得た上で年金規定が廃止したとしても、同意しなかった一人に廃止の効力を及ぼすことはできないと指摘しています。
最高裁判決は、受給権本来のあり方を復権させたとみることができます。
何故なら、日本で企業業績や年金資産運用市況の悪化を口実に企業年金を一方的に減額する動きが広がったのは、1997年に厚生省(当時)が厚生年金の加算部分は一定の条件を満たせば減額を認める旨の通達を出してからのことだからです。NTTのように、一方では巨額の利益を上げて株式配当を増やしながら、他方では企業年金減額を強行しようとする企業まで現れるに至ったことは重大です。
厚生労働省は、上記最高裁判決の主旨に基いて、減額要件を廃止し、欧米諸国がそうであるように、確定した企業年金受給権は剥奪できない旨の規定を関係法令に設けるようにすべきです。
5 受給額減額は高齢者へのいじめです
企業年金受給額は、多くの場合、例えばNTTでは勤続41年で月額6万2,580円であるように決して多額ではないのです。だから厚生年金と合わせてもやり繰り三昧の、なんにもおこらないことを願う生活です。そこに回復されることのない減額が襲ったらどうなるか。生存権が脅かされるのです。それだけでなく、減額は、社会的活動も健康も弱い立場におかれ、さらに点在により情報も相互のコミュニケーションも不十分な企業年金受給者に対するいじめという側面を持ちます。
受給権という財産権を侵害して生存権を脅かす、さらには高齢者に対するいじめという側面ももつ企業年金減額を廃絶することは重要な課題です。厚生労働省は、高齢者が収入減の影に怯えずに安定的に暮らしていけるようにするという点からも、確定した企業年金受給権は剥奪できない旨の規定を関係法令に設けるようにすべきです。
6 積立不足解消のための企業年金減額または減額要件緩和は企業のモラルハザードを招く
もし企業経営の悪化、企業年金資産運用市況の低迷などを「理由」に、受給者減額が容易に認められるという環境下では、企業経営にゆとりが少なくなって掛金負担が重く感じられるようになったとき、努力して掛金を負担することは合理的な企業行動とは言えなくなってしまいます。けだし、経営にゆとりが少なくなった状況であれば、努力して積立不足を起こさないようにするよりは、逆に積立不足を増やして、減額の道を探るほうが合理的と言えるようになります。減額要件の緩和は企業のモラルハザードを誘発する要因となるのです。
厚生労働省は、企業のモラルハザードを誘発する企業年金の減額要件の緩和に手を染めてはなりません。企業年金減額は法治国家として許されないということを諸施策の前提とすべきです。こうしてこそ、運用成績が良くても悪くても高い報酬を得ている信託銀行、生命保険会社、投資顧問会社の資産運用委託手数料にメスを入れて透明化を図ったり、運用委託手数料に対するごく低率の負担金を資金源に基金を設けて企業年金基金に限って融資する制度を創設したりするなど、企業年金基金の経営悪化に対する有効な手立てが探求可能となるでありましょう。
7 減額要件の緩和は、減額要件を認める立場からも許されない
①確定給付企業年金法案審議における政府答弁から
上記法案審議においては減額要件について幾度となく質疑が行われ、その都度政府側から減額要件は厚生年金基金で行われている要件を踏襲すること、理由要件は「企業存亡のあり方全体ということでそれも(受給者減額のこと~引用者)引下げようかという議論をいたします場合」であり、、手続き要件の3分の2についても「大変厳しい手続き、例えば3分の2以上の関係者の合意が要る」と答弁している。このように理由要件も手続要件も国会審議で明らかにされ確認されたものであって、これを無視して緩和を図ることは国会の権威を冒涜するものでしょう。
②NTT企業年金減額不承認取消訴訟における国の主張と判決に照らして
上記訴訟において、国は、答弁書および準備書面のなかで、要旨、企業年金は事業主が従業員に支給を約束したものであり、約束が守られなければ年金受給者の生活が脅かされることは明らかである、受給者減額については、既に発生している受給者の権利を多数決で一部奪うことになるのだから減額がやむを得ないかの判断は厳格になるのは当然と主張し、判決もこれを首肯しています。この国の主張と裁判所の判断をまだ数年も立たないうちに変えてしまうとしたら、これはもう常識外というよりほかにいいようのないことです。減額要件の緩和は、自らの言動に照らすならば厚生労働省はやってはならないことなのです。
③税法上も減額要件も緩和は許されない
上記訴訟の控訴審において、東京高裁は、税法上からも減額に厳格な要件を設け、それに適合しなければ減額を認めないという規律を定める現行法令の仕組は合理的と判断しました。税法という点からみても厳格な要件を緩和することは道理に欠けることです。
④手続要件の「3分の2以上の同意」は他分野の法律よりも緩い要件
マンション関係の基本法である区分所有法は、マンション所有者である区分所有者の権利義務を拘束する規定を含む規約の設定、変更は、区分所有者および各区分所有者の所有面積に応じて配分される議決権総数のそれぞれ4分の3以上の多数決によらなければならないと定めています。すなわち、区分所有者相互間での区分所有権行使にかかわる権利義務に対する集団的拘束は4分の3以上の多数決によるというのです。この点から見れば減額という重要な問題に対する集団的拘束が3分の2以上の多数決によるというのは緩い要件なのです。いま、3分の2以上多数決という要件を過半数に変更することが提唱されているようですが、一方が法律によって4分の3以上の多数決という要件をさだめており、他方が行政官庁の局長通達や省令による要件であることからすれば、3分の2以上の多数決は4分の3以上の多数決に変更するのが当然ではないでしょうか。過半数による多数決などはとんでもないことなのです。
8 現役労使の合意で受給者の企業年金減額をすることはできない
経団連は、毎年の規制改革要求のなかに、現役労使の合意だけで受給者の
年金減額を可能にせよという要求を掲げ、政府に実現を迫っています。しかし、これが無理無体な要求であることは現役労使の合意だけで受給者減額を行なった神戸港湾労働安定協会事件に対する判決(神戸地裁平成17年6月20日、大阪高裁支持、最高裁上告申立不受理で確定)によって明らかにされているところです。すなわち、判決は、要旨、既に退職して労働組合員でなくなっている受給者は、労使合意に参加する機会が全く与えられておらず、また現役労働者とは利益が共通する関係にあるとは言えないから、現役労使間の合意を受給者に及ぼすことはできないと判断して、年金減額を認めませんでした。
この判決と4項の最高裁判決が明らかにしているように、企業年金受給額の変更は、当事者の合意があって初めて行い得るものです。「当事者の合意なくして契約内容の変更なし」です。これを覆すことは法治国家である限りできないことです。
9 支払保証制度の確立こそ現実の課題
支払保証制度の導入の必要性を正面から否定した論調がないことが特徴的です。導入をためらう論調で挙げられる論拠らしきものは、企業の保証料負担とそれによる確定給付型企業年金の確定拠出年金へのシフトに対する懸念(信託銀行、生命保険会社が顧客を失う懸念)、固有の問題としての確定給付企業年金法に受給権付与規定がないため保証の対象が明確でない、積立不足を放置するモラルハザードの発生、などなどですが、いずれも支払保証制度を実施している諸外国の経験に照らして克服できないものではありません。
今回のAIJ事件で明らかになったことの一つは、日本の確定給付型企業年金にまつわるモラルハザードの多くは、企業年金制度の欠陥、または監督体制の不備によって誘発されているのです。米国のように、弁護士、公認会計士、年金数理人などによる多数の専門家チームによる監査活動を伴う早期警告プログラムを構築して本格的に資産運用および企業年金財政を監督するかどうかが問われているのです。また、年金保険公社への保険料の差別的賦課によるモラルはザード防止措置のようなシステムを導入する努力をするかどうかの問題です。
経済不況のもと企業倒産によって企業年金を失うか、大きく減額される受給者が増大しつつある現在、受給権を完全に保護し、支払保証制度でそれを裏付けることこそ、最も急ぐべき課題です。
厚生労働省は、確定給付企業年金法案審議において衆参両院の厚生労働委員会が求めた支払保証制度を早期に実現することを目指して直ちに作業を開始すべきです。
以上述べてきたところにより、要請項目に掲げる事項を貴有識者会議の報告書に反映されるよう要請します。
(要請項目)
1 厚生労働省が貴有識者会議に提示した「ご論議いただきたい論点(たたき台)」のなかにある「給付水準引下げの基準(理由要件、手続要件)について緩和すべきとの指摘もあるがどのように考えるか」という論点に対しては、現行の給付水準引下げの基準(理由要件、手続要件)を緩和すべき理由は全くなく、むしろより厳格化するか、「確定した給付額は減額も廃止もできない」旨の規定を関係法令中に設けるべきであるとすること
2 確定給付企業年金にまつわる不祥事を繰りかえさせないためには、厚生労働省はこれまでの規制緩和政策と監督、指導のあり方を抜本的に見直し、透明性の高いものに改めること。これにより支払保証制度を早期に確立する道が開けること。
3 支払保証制度を早期に確立すること。厚生労働省は、そのための作業を直ちに開始すること。
以上
団体