2017年12月27日 第3回社会保障審議会年金部会年金財政における経済前提に関する専門委員会 議事録
年金局
○日時 平成29年12月27日(水)10時00分~12時02分
○場所 全国都市会館 第1会議室(3階)
○出席者
植田 和男(委員長)
小黒 一正(委員)
小野 正昭(委員)
権丈 善一(委員)
武田 洋子(委員)
玉木 伸介(委員)
野呂 順一(委員)
吉川 洋(委員)
熊谷 亮丸(株式会社大和総研 常務執行役員 調査本部副本部長・チーフエコノミスト)
山田 久(株式会社日本総合研究所調査部理事/主席研究員)
○議題
長期的な経済成長と賃金上昇の見通し等について有識者ヒアリング
○議事
○植田委員長
それでは、時間になりましたので、まだお見えでない方もいらっしゃいますけれども、第3回「年金財政における経済前提に関する専門委員会」を始めたいと思います。
皆さん、年末のお忙しい中、どうもありがとうございます。
きょうの御出席の状況ですけれども、小枝委員、駒村委員、山田委員、米澤委員が欠席、小黒委員はおくれて御出席と御連絡をいただいています。内閣府の佐藤参事官も所用により欠席と伺っています。
それでは、議事に入らせていただきます。カメラの方はここで御退席をお願いします。
○植田委員長
最初に、事務局から資料の確認をお願いします。
○武藤数理課長
おはようございます。年金局数理課の武藤でございます。
私から資料の確認をさせていただきます。
本日の資料は、資料1「世界経済の潮流と日本経済の行方」で、熊谷先生の御提出資料でございます。
資料2「日本の実質賃金低迷の背景」で、山田先生の御提出資料でございます。
皆様、お手元にございますでしょうか。
○植田委員長
それでは、議題に入りたいと思いますけれども、きょうは長期的な経済成長と賃金上昇の見通し等についてのヒアリングということで、お忙しい中、株式会社大和総研の常務執行役員調査本部副本部長及びチーフエコノミストの熊谷亮丸様、株式会社日本総合研究所調査部理事/主席研究員の山田久様、お二人にお越しいただいています。
きょうは、お二方から御説明いただくわけですが、それぞれの御説明に対する質疑の時間を設けさせていただきたいと思います。その後、全体を通して御意見をいただくというように進めさせていただければと思います。
それでは、まず熊谷様から資料1について御説明をお願いいたします。
○熊谷常務執行役員(株式会社大和総研 常務執行役員 調査本部副本部長・チーフエコノミスト)
大和総研の熊谷でございます。
本日はお招きいただきまして、まことにありがとうございます。日本を代表する諸先生方の前でお話をさせていただく貴重な機会を賜りまして、心より光栄に存じます。
お手元の資料で、まず1ページ目、ちょっと盛りだくさんにし過ぎたということもあるのですが、きょうはポイントを絞ってやや速いテンポでお話をさせていただきたいと考えています。全部で論点としては9個ございます。
1点目として、トランプ政権については、今までは金融市場が総じて楽観的な見方をして参りましたが、これから少し厳しい方向に向かいまして、アメリカ自身もこのままであれば迷走を続けていく可能性が高いのではないかと考えております。
2点目として、Brexitは、今、事実上暗礁に乗り上げつつあるような状況でございます。これがまだ世界経済に対する不安要因としてくすぶり続けるリスクがあります。
3点目として、中国経済でございます。結論として、短期は楽観、中長期は悲観という考え方です。少なくとも向こう1~2年、もしかすると3~5年ぐらいはカンフル剤によってもつ可能性がございますけれども、中長期、早ければ向こう3~5年、遅くとも5~10年ぐらいのところでは、かなり大きな調整のリスクを、念頭に置いておく必要があるのではないかと思います。
4点目として、日本経済でございますが、当面は緩やかな景気回復の流れが続いていくとみております。ただ、どちらかといえば、目先はいい状況ですが、中長期で見ると人口の問題、財政の問題、社会保障制度の問題等々、いろいろとまだ課題が山積しており、これらを先送りしている状態でございますので、中長期的には少し警戒的に考えておく必要があるでしょう。
5点目として、日本で賃金が伸び悩んでいる理由や、今後の展望についても簡単にお話をさせていただきます。
6点目として、アベノミクスについては、1本目の矢の金融政策に頼り過ぎていることが問題です。社会保障制度改革、3本目の矢の成長戦略の強化といった国民にとって耳の痛いこと、これができるかどうかが課題であって、その中では労働市場改革が非常に大きな柱になって参ります。
7点目として、地域経済、ここは時間の関係でスキップする可能性はございますが、なぜ地方が低迷しているのか、格差がどこから生じているのかということを、エッセンスだけ時間があればお話をしたいと考えております。
8点目として、リスク要因は、海外にかなりいろいろな地雷が埋まっている様な状態で、アメリカの下振れ、将来的な中国のバブル崩壊のリスク、マル4に記した、北朝鮮、そして、中東情勢緊迫化による原油価格上昇のリスク、それを受けたリスクオフの動きなども警戒しておくことが必要です。
9点目として、金融市場は、今の日本株は少し割安な状態だと捉えていますので、緩やかな上昇の方向ではないかと思います。ただ、アメリカの株は、相当割高なところに来ておりますので、そこは警戒する必要があるでしょう。
きょうは以上の9点について、なぜそう考えているかということを、残された時間で実際のデータを用いて御説明していきたいと思います。
2ページ目が、当面の経済見通しでございます。潜在成長率である1%前後を超える緩やかな景気の拡大が続いていくとみています。19年度は消費増税の影響で若干落ちますが、それでも依然として底がたい状態を想定しております。
3ページ目をご覧ください。私どもが年に一度日本経済の中期予測を公表しておりますが、これは実は次の発表予定が年明け2月ということでございますから、このページに掲載した見通しは若干古目の数字でございます。ここはあくまで御参考ということで示させていただきました。
4ページ目をお開きください。今まではどちらかといえばアメリカ、トランプ政権に関して、上半分の好材料が評価されてきました。大型の減税やインフラ投資が景気を刺激するということ。アメリカへの資金還流優遇策がとられて、ドル高、株高になり、経済が活性化するとの観測。金融の規制もボルカールール、ドッドフランク法等々、こういったものが緩和されるとの期待感もございます。そして、共和党は、基本的に緩やかな金利の上昇を志向する政党でございますので、日米の金利差が拡大して、円安になり、日本にも一定のプラスの効果が働くのではないかと考えられてきました。
ただ、むしろ、これからは徐々に下半分のより構造的な問題が懸念される局面に入るのではないか。まずは「双子の赤字」の問題。これを受けて、歴史的にアメリカの通貨戦略は「ドル安」カードをある一定の条件が整うと切ってきましたので、これに対する警戒感、さらには、地政学的なリスクですとか、保護貿易主義という根本的な政策の方向性自体が間違っているのではないかといった問題がございます。
5ページ目に米国の税制改革案をお示ししました。ご承知の通り、法人税減税に関しては、先般21%まで下げるということでかたまったわけでございます。
6ページ目で、どれくらい経済に影響があるかという試算を列挙しました。財政の悪化による金利の上昇、ドル高等、このあたりの影響を考慮すると、向こう10年間で見て、景気押し上げ効果は0.1%以下というぐらいでございますので、それほど決定的なブレークスルーにもなりにくいと考えられています。
7ページ目にお示した通り、今回の制度変更によって景気がよくなったとしても、それでも財政赤字が相当拡大していくという問題がございます。
8ページ目は飛ばして9ページ目をご覧ください。過去のアメリカは極めて単純化して言えば、ドル高、ドル安、ドルの安定化、この(1)(2)(3)というサイクルを過去何十年間にもわたって繰り返してきたということがございます。
10 ページ目にお示した通り、アメリカの通貨戦略のサイクルは、基本的には3つの要因によって決まっています。1つ目が経常収支、2つ目がアメリカのインフレ、3つ目がアメリカの金融市場でございます。これから(1)のドル高政策から(2)のドル安政策に移行するとすれば、既に3条件の中で、マル1の経常赤字、これは拡大している。マル3の金融市場も安定しているということで、3つのうち2つは既に満たしている状況です。
従って、これからしばらく利上げをして、ある程度インフレがコントローラブル、マネジブルになってくれば、3条件が全てそろって、アメリカが「ドル安」カードを切ってくる可能性が高まります。例えば、レーガン政権は、85年のプラザ合意で(2)のドル安政策、87年のルーブル合意で(3)のドルの安定化策へと移行したわけでございますので、こうした底流にあるサイクルも警戒しておくことが必要だと考えます。
11 ページ目にお示しした通り、より長期の経済という視点で言うと、そろそろ設備ストックの循環はピークアウトの兆しが生じています。縦軸が設備投資の伸び率、横軸がいわゆるI/K比率、Iが設備のフローでKがストックでございますけれども、時計回りでぐるぐると回るわけですが、ある程度、高目の期待成長率を織り込んだとしても、そろそろアメリカの経済も成熟化のステージに入ってくる可能性があるのではないか。ここまでがアメリカの状況です。
12 ページから13ページで、ヨーロッパに関して、どこまで問題が拡大すると、それがフェータルな問題になってくるかというシュミレーションをお示ししています。12ページ目はここまでは大丈夫だということでございますが、上半分がイギリスで不動産価格が4割急落したときのシミュレーション、下半分が、イタリアで不良債権処理が加速したときのシミュレーションです。いずれも一番右端の赤で囲んだ日本のGDPに対する影響を見ていただくと、0.1%以下。つまり、この2つのシナリオであれば極めて軽微な影響にとどまってくると考えられます。
13 ページ目は、ここから先がまずいというシナリオでございますけれども、ヨーロッパ全域に不良債権の処理が拡大するケースです。例えばドイツの金融機関などが不良債権処理に追われるケースでございますけれども、このページの一番上、もしくは図表の右上の赤い部分で、最悪のシナリオを見ると、世界のGDPは2.7%、200兆円以上落ちて、日本のGDPも1.9%、10兆円程度落ちるという試算結果になります。
14 ページ目に、Brexitはイバラの道であるということをお示ししました。上から順番に6項目「単一市場へのアクセス」等々が書いてございますけれども、御注目いただきたいのは一番右端の理想形です。直観的に理解していただくために色でごらんいただきますと、上の4個が緑色、つまり、マルである。下の2つが赤、つまり、バツです。しかしながら、左から4つ、ノルウェー型等々のどの類型を見ても上の4つが緑色で下2つが赤という、そんな「いいとこ取り」の虫のいい話は存在しないわけです。ですから、相当程度ポピュリズムの要素があって、政治家の情報操作にも踊らされて、イギリス国民はBrexitを決断したわけでございますけれども、実際にことしの秋に10日ぐらいヨーロッパに行ってまいりましたが、離脱交渉の議論は相当紛糾して、暗礁に乗り上げるのが視野に入りつつあるような状況でございました。
15 ページ目は、細かい話ですが、今後のシナリオです。御注目いただきたいのは一番右下の黄色で書いてあるクリフ・エッジでございます。EUとの貿易協定がなくなって、いきなりWTOに崖から落ちる様に放り込まれる。これがクリフ・エッジでございます。例えば一番下のところを見ていただくと、もう一回選挙をやって、もう一回ハングパーラメントになって、もうぐだぐだの状況になってしまうケースです。そのときは最悪のクリフ・エッジが視野に入ってくる。ですから、こういう見取り図の中で、まだこれからどれだけクリフ・エッジまで距離があるのか。この点を見きわめておくことが必要だと思います。
16 ページ目からは、中国でございます。中国は金融面での過剰が1,200兆円程度、コインの裏表で設備ストックの過剰が730兆円程度あるとみられます。この1,200兆円のうち、国際金融の世界で2割程度焦げつくというのは一般に時々起きることでございますから、最終的な不良債権は甘く見て200兆円規模、悪くなると300兆円から400兆円規模となります。日本のバブル崩壊後の100兆円程度と比べて、もしかすると2倍、そして、3倍、4倍という、巨額な不良債権の発生が懸念されます。そして、財政出動余地は表向きの財政の統計を基に試算すると500兆円から700兆円ぐらいあるわけでございますが、実態は後でお話をするように、財政出動余地が相当乏しくなっている可能性がございます。
17 ページ目は飛ばしていただいて、18ページ目、左のグラフです。縦軸が労働係数、労働係数の定義はグラフの下の注釈のところに書いてありますけれども、労働投入/GDP、要するに、縦軸は上に行って大きくなるほど労働の効率がよくなって、下に行くほど労働の効率が悪くなる。横軸は資本係数、これも左に行くほど資本の効率がよくなって、右に行くほど資本の効率が悪くなることを意味します。
御注目いただきたいのは、左上から右下に何本も細い平行線が引いてありますけれども、これがいわゆる単位等量曲線でございます。この1本の線上であればマクロ的な技術レベルが一定で、左下に行くほど技術が進歩して、右上に行くほど技術が後退することになります。70年代後半の改革開放路線、ここからグラフはほぼ下に向けておりてきておりますので、中国は資本装備率を上げて、主として労働の効率をよくすることによって技術進歩を達成してきたことが分かります。ところが、ここ数年はほとんど水平に左から右に向けて動いています。要するに、技術が停滞していて、しかも設備ストックが相当過剰な状況なのです。右のグラフで見ると、実質で36兆元、これは名目に直して円貨換算すると730兆円程度過剰な状態であって、かなり根深い問題を抱えております。
19 ページ目、一番右端の部分で、もし中国の表向きの財政統計を用いて試算すると、まだ540兆円から740兆円ぐらい財政出動をしていくことが可能であると考えられます。
ただ、問題は、次の20ページ目です。左のグラフが過去の名立たるバブルについて、家計と企業の借金、これがGDP比でどれだけあるのかを見たものでございますけれども、80年代後半の日本のバブル、アメリカのサブプライムローン問題、アジアの通貨危機、スペインの住宅バブル、こういうものと比べても全く遜色がないぐらいのところまで借金が積み上がっておりまして、このあたりを国際機関が今、ウオーニングを出してきている状態なのです。
右のグラフは中国の借金の中身でございますけれども、赤で書いてある非金融法人企業、この8割は国有企業の借金であると言われております。概算として、この非金融法人企業の借金の8割、これを公的な借金に乗っけて、実態として公的部門が請け負わなくてはいけない部分がどれぐらいあるかを見ると、GDP比では180%ぐらいまで行ってしまいます。日本が御案内のように220%ということでございますから、中国も、例えばリーマンショックのときにやった4兆元の経済対策のような大盤振る舞いは極めて難しい状態に陥っているのではないかと認識しております。
21 ページ目は、中国の潜在成長率の動きです。今までは比較的高目でございましたけれども、「メルトダウン」シナリオというレッセフェールで全く支援せずに自然に任せたとすれば、設備ストック調整の連立方程式を解くと、2020年代には1.6%ぐらいまで実力の成長率が低下するリスクがあるのではないかと考えられます。ピンクで描いてある技術が停滞する。そして、ブルーで描いてある資本のストックの調整が進むということでございます。
22 ページ目をご覧ください。ここまで企業周りと政府の話をしてまいりましたけれども、家計のバランスシートはどうであるのか。左のグラフが家計の純資産のGDP比を見たものでございますが、これは大体日本のバブル崩壊後も、アメリカのサブプライムローン問題の時も、GDP比で100%ぐらい家計の純資産が減ると、相当危機的な状況に陥っています。
右の図表がシミュレーションでございます。縦軸が今後の不動産価格の動き、横軸が株価の動きで、右下の黄色いところを見ていただくと、株価が3割、不動産価格が3割調整するシナリオとなります。もしこうしたことが起きると、純資産がGDP比で100ベーシスポイント悪化することになります。ですから、そのときは、ある意味で家計部門についてもリーマンショックだとか、日本のバブル崩壊に遜色がないぐらいの厳しい状態に陥るというリスクを頭の片隅に置いておくことが必要だと思います。
他方で、23ページ目です。冒頭で、中国経済に関して、短期は楽観、中長期は悲観と申し上げましたけれども、緑の線が景気循環信号指数、10個のデータを合成したもので、プロの中国ウオッチャーが非常に注目しているデータでございます。これを見ると5段階に政策判断の局面を分けることができます。過去の例では、下から2番目のやや低迷から一番下の低迷が視野に入ると、そこで一気にカンフル剤を打って、一度は真ん中の安定というところに向けて押し戻す傾向があります。今回も非常にわかりやすい国で、ちょうど低迷の1ミリぐらい手前のところで、5年に一度の共産党大会の影響もあって、底割れを回避しました。中国は大体西暦の下1桁が2と7の年は比較的成長率が高いとみられています。5年毎の政治的なビジネスサイクルがございますので、それによって今まで、景気は戻ってきました。
ただ、来年は国際機関からのウオーニングなどもあって、政策対応を若干絞ってきますから、少し減速ぎみの動きとなるでしょう。恐らくは、少なくとも向こう1~2年、もしかすると3~5年ぐらいは、しょせんは社会主義市場経済、端的に言えば社会主義の国でございますので、すぐにバブルが崩壊することにはなりにくいのではないかと捉えています。以上の理由から、短期は楽観、中長期は悲観という考え方でございます。
24 ページ目以降、ここは今回の主題とは直接は重ならない短期的な話でございますので、簡単に申し上げますと、左のグラフで明らかに去年の夏ぐらいから景気はサイクル的には上がってきています。右のグラフで見て、在庫循環も1周しておりますので、これからサイクル的には右上のほうに在庫を積み増す局面へと入っていきます。
25 ページ目は、世界の景気先行指数です。これが日本の生産に対して数カ月先行するということですから、世界的には当面はプラスの状態が続くとみられます。
もうちょっと細かい図表が26ページ目です。一番下が世界の鉱工業生産、これが何におくれるかというのを見ると、グラフの一番上の紫色の中国の景気先行指数、2番目の緑色のアメリカのISM指数、この2つが世界経済に対する先行性を持っているわけですから、これらが上がるかどうかということが世界全体、ひいては日本経済の動きを規定することになります。
27 ページ目をご覧ください。これからアメリカが金融政策の出口に行ったときに、新興国経済が大きく混乱するとの懸念がございますが、27ページでお示しをしたのは、新興国が昔と比べれば構造的には非常に強くなっているというデータでございます。
縦軸は危機に耐える力、横軸が健全性、そして、マルの大きさが外貨準備の耐久力ということで、このグラフで3つの要素について、強くなったか弱くなったかということを示しています。
例えば左端にあるブラジルでございます。同国はもともと過去の危機のときに、左下にあってマルの大きさが小さかった。外貨準備の耐久力がなかったわけですが、マルが大きくなって、しかも、左下から右上に動いているわけでございますので、ブラジルは3戦全勝のような状況です。タイも同じく3戦全勝です。そして、インドネシアやロシアは、言ってみれば2勝1敗。縦軸は上に上がってマルも大きくなっているけれども、横軸は左に向かっている。他方で、アルゼンチンは、ここはもう3戦全敗で、いかんともしがたい状況でございますけれども、大局的に見れば、昔と比べれば総じて新興国は構造的に強くなっていますので、アメリカがゆっくりと慎重に利上げをしたぐらいですぐに危機に陥るほど脆弱な状態ではなくなっています。むしろ、地雷としては中国発の調整というものを警戒することが必要ではないかと思います。
28 ページ目は飛ばして29ページ目ですが、これから長い目で見ていく上で、原油価格の動きも日本経済に大きな影響を与えるファクターです。ここでは縦軸が中国の影響を示しており、上に行くほど中国の影響に弱い国で、下に行くほど強い国となります。横軸は資源高に強いか弱いかです。右に行くほど資源安に弱くて、左に行くほど資源安に強い国です。マルの大きさが、日本からその地域に向けた輸出の額を示していますけれども、一目で見ていただいて、マルの大きな国は左上の象限に集中しています。つまり、日本にとって重要な国は、中国の減速には弱いけれども、資源安には強い国が多いということでございますから、その意味では、資源価格が上がっていくこと、中国経済が悪化すること、このあたりをリスク要因として認識しておくことが必要となります。
30 ページ目は、賃金の話でございます。4通りの賃金が描いてございますが、紫の白マルの線、これは凡例の左下で、一人当たり賃金に雇用者数を掛けて、これを実質化した、いわば国民の懐に入るお金の総額、これこそがマクロ経済にとっては最も重要なわけです。このデータは今、足元で見ると、前年比で3%、安倍政権が成立してからは6%以上伸びている状況です。
31 ページ目ですが、ここからは恐らく後の山田先生のお話とも重なると思いますので、ポイントのところだけ申し上げたいと思います。31ページの左上が、過去の景気循環と比べて今回がどうだったのかという点です。一番上に出ているのは、第12景気循環、この時は非常に伸びが高くて、黒い太い線が今回の景気循環の動きでございますが、第12循環と比べると相当見劣りするということがございます。この左上のグラフを、右上、左下、右下の3つのグラフに要因分解しました。まず、右上がパート比率でございますが、パート比率が上がることによって一人当たりで割り込んだときの賃金が当然ながら低迷するということが起きています。そして、左下、これが言ってみれば一般労働者、正規社員、右下がパートタイマーでございます。右下のパートタイマーの賃金の伸びは過去と余り遜色がないわけですけれども、左下の一般社員の賃金が低迷しております。
32 ページ目は、もうちょっと細かく見たものでございます。4つのグラフがございますが、上の段の2つが一般労働者、つまり、正規社員、下の段の2つがパートタイマーです。そして、左の2つが時給の動き、右の2つが所定内の労働時間の動き、つまり、賃金を時給と労働時間に分解したものでございます。
まず、左上のグラフで、正規社員については時給がなかなか上がっていない。ここが大きな問題です。他方で、下の段のパートについては、左下のグラフで、時給は非常に上がっている。これはなぜかといえば、パートタイマーの賃金は市場で決まるからです。決して企業の中で決まるわけではないので、労働需給が逼迫して上がっているわけですが、右下のグラフで、労働時間は130万円の壁等々があって、低迷しているので、結局は時給と時間を掛け合わせると、パートタイマーの賃金は低迷しているということがあります。
33 ページ目は、左側が一般労働者、正規社員、右側がパートタイマーで、縦軸が所定内給与で横軸が労働需給でございます。明らかに左側の正規社員の賃金のカーブを見ると、構造変化を起こして下方にスライドしていることが見てとれます。他方で、右のグラフで、パートタイマーの賃金の関数はそれほど大きくは変わっていないということがあります。
34 ページ目で、実際に賃金の関数を推計してみたときに、左が正規、右がパートタイマーですけれども、左の正規のほうでは、ベースアップだとか労働需給の逼迫などがほとんどきいていない。ところが、右のパートタイマーは、ピンクで描いてある最低賃金だとか、ブルーで描いてある有効求人倍率等々、労働需給の逼迫などがちゃんと市場を通じて賃金の上昇につながっている。これがパートでございます。
35 ページ目は、構造変化が起きなかったらどうであったかというシミュレーションです。詳細はグラフの下の注1というところに書いてありますが、ケースマル1は、パートタイムの比率が上がらなかったとしたら、どれだけ所定内の給与が上がっていたか。実はこれは0.1%ぐらいの押し上げ効果しかなくて、他方でケースマル2、一般労働者の賃金の構造が変わらなくて、労働需給逼迫を受けてちゃんと賃上げが行われていたとすれば、そのとき、賃金は1.6%も上がっていた計算になります。
36 ページ目は、労働生産性を高めることが重要であることを示しています。左のグラフが過去の第12循環、右が今回の景気循環でございますけれども、赤で描いてある労働生産性、ここをしっかりと高めることが大きな鍵になって参ります。
37 ページ目は、労働規制の緩和の重要性を示しています。縦軸が生産性、横軸が労働規制の強さですが、先進国などの成熟国は、緩やかな相関ではございますが、労働規制が強い国のほうが生産性が若干低目だという傾向がございます。
以上の考察を踏まえて、なぜ生産性が上がらないか、そして、なぜ賃金が上がらないかという理由を私なりに整理してみると、まず1点目としては、選択と集中ができていない。これは解雇規制が厳しくて、なかなか伸びている分野に攻めのリストラを行って人を移すことができないという問題がございます。また、多くの会社で社長に完全には権限が集中していないので、過去の不採算事業からなかなか撤退できないことも問題です。
2点目としては、日本企業は世界一のサービスを提供しているのだけれども、価格に転嫁できてない。ここが大きい。例えば日本のような国で1泊2食つきで1万円で泊まれる国はないわけであって、また、一部のファストフードはスマイルはかつてゼロ円だったわけでございますから、そのあたりのマネタイズ、現金化しない奥ゆかしいビジネスモデル、ここを変えていくということが課題です。
3点目としては、国際比較で見るといわゆる無形資産、これはブランドであったり、社員に対する教育でございます。この無形資産が見劣りすることが生産性を下げているわけですから、マーケティング力、ブランド力を高めて、いわゆる「技術で勝って商売で負ける」という傾向を是正することですとか、社員に対するさらなるリカレント教育などを、官民を挙げてやっていく必要があります。
4点目としては、マネジメントが、例えば今までは仕事の総量で人事考課を行ってきたわけですけれども、今後は時間当たりの生産性で評価していくような仕組みをつくっていくことが重要です。
今、申し上げた大きく4つぐらいのポイントが、これから賃金が上がるかどうかを見きわめる上でカギになると考えています。その意味では、物価はなかなか日銀だけが頑張っても上がるものではありません。デフレは相当程度社会的な現象であり、ビジネスモデルや解雇規制の存在といった、経済・社会の根深いところにある要因が作用して物価が上がらない、賃金が上がらないわけでございますので、そこまで踏み込んで、これから手を打っていけるかどうかということが大きなポイントではないかと考えております。
38 ページ目は、今、一部で話題になっている2019年以降の労働時間に対する規制の問題です。
39 ページ目、これは内閣府のほうなどでも大分意識を持っていただいて、茂木大臣などもこの数字は御認識されていると理解しておりますが、一番下が、もし2019年度からフルに規制が入ったとすれば、労働時間が月当たり3.8億時間減る計算となります。このことで残業代は8.4兆円、すなわち所得が3%ぐらい減ることになります。これを賄うために何をやったらいいかが上半分の部分でございます。例えば既存の労働者、今まで残業を余りしなかった人が月間30時間ぐらい残業するとすれば、そのときに大体これぐらい賄えます。それから、パートを正規化するケースや、新規の労働者が市場に参入するケースについて試算しています。ただ、上の部分を足し込んでいったとしても、8.4兆円に届くのは相当ハードルが高いわけでございますので、働き方を変えて、労働生産性自体を上げていくということが、これからの日本経済にとっての非常に大きな課題となります。
40 ページ目、これは御参考までで、次の消費増税の影響についてはこの程度の影響を想定しているということでございます。
アベノミクスに関しては41ページ目以降で、全体的な方向性は正しいけれども、ちょっと目先のところにウエイトが置かれ過ぎていて、中長期的な課題が先送りになっているのではないか。そういう嫌いがございます。
44 ページ目、これは国際比較でございますけれども、日米独3か国における時間当たり実質賃金の要因分解を行っています。データの制約があって若干古くなっていますが、第一に労働生産性。第二に企業の価格の転嫁力、これは交易条件のようなものです。第三に、労働分配率、この3つに寄与度分解してみると、労働分配率は世界的に賃金を押し下げている。加えて、日本の場合は労働生産性が低いこと、企業の広い意味での価格競争力、価格転嫁力がないという、このマル1、マル2の部分が、わが国の賃金低迷につながっております。これらの2つの要因は、分配政策では変わらないわけでございますので、マル3を分配政策で改善させるだけではなくて、マル1、マル2を3本目の矢の成長戦略などで改善させることが重要です。結論として、「成長」と「分配」に関してバランスよく政策を講じることがポイントだという考え方です。
45 ページ目、46ページ目、ここはもう釈迦に説法ということだと思いますが、わが国では、労働システムの極端な二極化が、労働生産性の低迷だとか少子化、そして、消費の低迷を招いています。これに対して同一労働同一賃金の原則を導入し、さらには労働時間の規制によりワークライフバランスを回復することが重要です。他方で解雇規制の改革を断行する必要があります。これらの施策を通じて、極端な労働市場の二極化をなくすことが、これからの日本にとって重要なポイントになって参ります。
47 ページ目は、ちょっと大げさな話でございますが、過去数百年間の資本主義は、株主が大事か労働者が大事かということで、右に行ったり左に行ったりして動いてきました。第3期では、いわゆる新自由主義とグローバル資本主義で一気に左に行って、非常にバランスの悪い形で、株主の短期的な利益が極端に重視をされました。
ただ、これからは4.0ということで、もう一度右に向けた揺り戻しがあるではないかと考えています。なぜそう考えるかというと、一つは、人工知能が出てくればほとんどの単純労働が代替されるので、人間の創造性だとか、もしくは人間の対人関係能力、こうした機械ではできないことこそが、最終的な企業の付加価値の源泉になってくるからです。
また、現状はマイナス金利の状況でございますので、相対的にはお金の価値が非常に落ちてきているということを踏まえると、これからは従来にも増して人を大事にすることがポイントになります。もちろんめり張りをつけて、解雇規制の緩和はやりつつ、他方でリカレント教育などを重視していくことが重要な資本主義へと変わっていきます。日本はもともと図表の中でやや右側に位置しており、こうした素地を持っています。過去数百年間の資本主義の歴史を踏まえた上で、労働市場の改革を断行することができれば、わが国はもう一度資本主義のフロントランナーに踊り出ることが可能だと思います。
大分時間が押してきましたので、地方のところを飛ばして57ページ目に参ります。やはり財政についてはドーマー条件が重要です。名目成長率が長期金利より高いという条件でございますが、左のグラフの右上の緑色のところで、過去数十年間の勝率は、せいぜい10%台から20~30%台ぐらいの勝率しかございません。右のグラフは、縦軸がOECDでドーマー条件を満たした国の割合、横軸が時間軸でございますけれども、金利が自由化した後は、よほどのバブルでも起きない限りドーマー条件は満たしていないわけでございますので、財政の規律の維持、ここにもう一度しっかりと取り組んでいくことが鍵となります。
駆け足になりましたが、63ページ目をご覧ください。オレンジの線が日本株、緑の3本ある線がGDPのバンドでございますが、日本の株は、過去の74年のオイルショック、2003年のわが国の金融危機、2009年のリーマンショックから、旧民主党政権の3年間、ずっと陰の極で動いてきました。それが今、ようやくまともな経済政策がとられることによって、株価は「逆バブル」という売られ過ぎの状態から、おおむね正常化してきたというのが現状認識です。
他方で、64ページ目にお示しした通り、少し心配なのはアメリカ株の動きです。S&P500のGDP比で見ると、アメリカは過去で株価が一番割高だったのがITバブル。それから、ノーベル賞学者のシラー教授がシラーPERというものを出していますが、それで見ると、1900年以降で2番目に割高だったのが世界大恐慌の時期です。今は、実は世界大恐慌に近いぐらいのところまで株価の割高感が強まっています。もちろん、グリーンスパンが96年に「根拠なき熱狂」と言いましたけれども、そこですぐ株が落ちたわけではなくて、5年後、10年後に長い目で事後的に振り返ってみれば確かにバブルだったわけでございますから、その意味では、米国株が今すぐ崩れるかどうかはわかりませんが、かなり高値圏に来ているということは強く意識しておくことが必要だと考えております。
最後に69ページ目です。縦軸が長短スプレッド、横軸が財政状況でございますが、これは大体きれいな一直線上に並んでくる。日本だけは異常値であって、一つは日銀がほとんどの発行される国債を買ってしまっていること。もう一つは、今のところは経常黒字国なので、外国人は国債を1割くらいしかまだ持っていない状況でございますけれども、将来的に、高齢化で貯蓄が取り崩されて経常黒字が減少する、もしくは日銀も遅くとも5年後、10年後には出口に行く可能性が高いわけですから、それまでに財政の規律をしっかり回復しておかないと、長期金利が大きく上昇するリスクが存在するということでございます。
時間をオーバーしてしまって申しわけございませんが、1ページ目にお戻りください。きょうはここにあるような問題をお話しいたしましたが、特に留意しておくポイントとしては、中国が中長期的に見たときに下振れするリスクが存在するということだと思います。
アベノミクスの基本的な方向性は正しいと考えていますが、社会保障制度の改革、財政再建等々、そのあたりの積み残しの課題が非常に多くて、国債市場に悪影響が将来的にはね返るリスクがあることにも留意する必要があります。
さらには、グローバルな過去数百年間の資本主義の歴史に照らしたときに、労働市場改革こそが宝の山であって、ここに踏み込んでいけるかどうか。これがアベノミクスの成否を大きく左右するということでございます。
私からの御説明は以上でございます。ご清聴、誠にありがとうございました。
○植田委員長
ありがとうございました。
世界経済のありとあらゆる問題について御意見をいただきました。
それでは、しばらくの間、今の御説明について御質問、御意見等を自由にお願いしたいと思いますが、いかがでしょうか。
野呂委員、お願いします。
○野呂委員
最初にプライマリーな質問をさせていただきます。まず、44ページからの労働市場改革のところでして、我々産業界も政権などから賃上げや労働生産性向上を求められていますが、一方で働き方改革をしろとも言われています。今の御説明は頭では理解できるのですけれども、長期的に見てもう一つ実感がないのは、労働生産性を上げることで、そうしますと時短もできるのですけれども、時間当たり賃金と労働時間を掛け算したときに本当に一人当たりの報酬がふえるのかどうか。ふえなければ結局消費もふえないわけなので、短期的には別ですけれども、労働生産性向上が本当に時短の中で給料アップになるのかどうかというあたりが質問の1点です。確かにおもてなしが日本では無料なので、サービス産業の付加価値を上げなくてはいけないと言われていますが、賃金が上がらない前提で、サービス価格を上げて大丈夫か、そんな高いホテルに誰が泊まるのかというあたりが、理屈はさておきなかなか実感がないというのが1点です。
もう1つ、重要なポイントだと思ったのが、労働市場の規制緩和のところで、労働移動を容易にして、骨太にもあったリカレント教育を行うべきであるという点です。頭ではわかるのですけれども、実際に今、労働力不足なのは我々の感覚ではドライバーであるとか建設業界であるとか、あるいは給料が高いと言われているIT業界などですけれども、これから増えてくる労働力はどちらかというと高齢層です。私も63歳なのですが、今からトラックのドライバーをやれとか、ITのSEになれと言われても難しい中で、リカレント教育をすれば、超長期的に見てどの程度の労働需給のマッチングができるのかというあたりにつきまして、感覚的なお答えで結構ですので、お聞きしたいと思います。
○熊谷常務執行役員
39 ページに、具体的なシミュレーションで数字をお示ししていますが、働き方を変えることによって今までなかなか働けなかった人たちが労働市場に入ってきて、そのことで不足する部分を埋めていくような、そこが一つ大きなポイントだと考えておるわけでございます。
例えばグラフの上半分の新規というところで、男性就業者、女性就業者、高齢就業者でどれぐらい増加の余地があるかということでございますが、これは総務省のアンケート調査等で求職をしない理由ですね。どういう理由で働いていないかというものがあるわけでございます。その中で、ある程度働きたいと思っている人は労働市場に入って、しかも、自分の職種、希望している仕事につけるという前提で計算をしてみると、まだ潜在的な伸びしろとしては、そこにあるように8.4兆円減るのを部分的に賄えるぐらいのものは存在するということがあります。
前段の部分で、なかなか価格に転嫁することが難しいというのはおっしゃるとおりだと思います。他方で、現在安倍政権が展開しているのは、例えば安倍総理ご自身が「ななつ星」だとか、そういうすぐれたサービスを全国レベルで表彰することを、積極的にやられているわけです。これは、すぐれたサービスについては、一定のビジネスモデルを定式化して、それを横展開してちゃんとお金がとれる環境を整備していこうというような、そういう地道な取り組みです。
もう一つ、私は今年からIRという、カジノなどを含む統合リゾートを推進する会議の委員を拝命いたしておりますけれども、インバウンドが入ってくることが日本の奥ゆかしいビジネスモデルを変える起爆剤になる、ブレークスルーになるとの期待感があります。例えば、中東の富豪などは一泊数十万円などという話ではなくて、それこそ1泊1,500万のところに2週間単位で泊まる。数億円お金をぽんと払うわけでございます。それから、最近はわが国でも一泊20万円ぐらいの宿がもう全然とれなくなってきました。すなわち、日本の国民だけであれば変わらないものであっても、そこにある種、IRのような外的ショックを与えることで、日本のビジネスモデル自体を変えていく。ここがポイントではないかと思います。
おっしゃるように宅配便等々、そういうところが人が足りない分野ですが、これもある意味でデフレ型のビジネスモデルです。それがもうそろそろ立ち行かなくなって、宅配便自体は過剰なサービスをやめる方向に来ていますし、例えば牛丼店なども深夜の営業、あれも費用対効果から見たら牛丼をあんなに安い値段で出せるわけがないのであって、その意味では、そういうデフレ型のビジネスモデルが淘汰されて、今、ようやくビジネス慣行なども正常化してきている状況だと思います。
加えて、おっしゃるように、ITの人材がこれから決定的に不足していくわけでございます。私自身も総務省の情報通信審議会の委員をやらせていただいておりますが、これからの大きな柱としては、IT関連の人材を育成して、IT分野を活性化していくことがポイントです。その意味では、確かに日銀の金融政策だけでは、すぐにはデフレから脱却できないのだけれども、今、申し上げたような価格を上げる地道な取り組みだとか、ビジネスモデルの転換だとか、そのあたりについて、日銀の金融政策だけではなくて官民を挙げて構造的な部分をどうやって変えていけるか。ここが大きなポイントになるのかなと考えております。
企業に関しては、この前ひとつおもしろい話を聞いたのが、従来は化粧品会社などでも、50代、60代の役員の方がどの口紅を発売するかというのを、実際に口紅を塗ってみたりして、どれが売れるのだろうという話をしていたけれども、そうするとどうしても派手なものになってしまって、なかなか現実には売れなかったそうです。一般論として言えば、例えば、一部の家電を購入する意思決定は、夫婦では大体8~9割のケースで女性が決めるわけでございますから、商品開発の現場でも女性にも活躍してもらって、さらに生産性を上げる。こうしたダイバーシティーによる好循環もカギだと思います。
また、リカレント教育に関しては、大学や大学院に競争原理を導入することなどを通じて、教育の質を上げることが大きなポイントだと考えております。
○植田委員長
小黒委員、お願いします。
○小黒委員
所用があり、遅れてきて申しわけありませんでした。
年金の経済前提を担当する委員会のメンバーとして、大和総研の見通しをお伺いしたいのですけれども、もしかしたら最初のほうでお話があったかもしれないのですが、3つお聞きしたいことがあります。1つ目は、長期のGDPの成長率をどう見ているか。2つ目は、金利です。3つ目は、先程の議論と関係するもので、賃金の見通しです。
まず、1つ目のGDP成長率ですが、資料2ページ目で短期の見通しがあるのですけれども、例えば2030年とか2050年ぐらいで大和総研としてどう予測されているのか伺いしたいです。
2つ目の金利なのですけれども、69ページ目で債務残高と長期金利の関係というのがあり、債務残高(対GDP)が膨らんでいくと、長期金利と短期金利のスプレッドが開きますという話がありますね。これとまた別に、ドーマー条件みたいな話も先ほどあったわけですが、金利を長期にどう見ていらっしゃるのかということです。例えば2030年とか2050年ぐらいはどうでしょうか。
最後は、物価の話もありましたけれども、それを込みで考えるかというのもあるのですが、賃金の見通しです。これは厚生労働省との関係で言うと、東大の玄田先生などもいろいろ言われていますけれども、社会保険料の負担が全体で六十何兆円あって、半分ぐらいが企業と折半しているわけですね。社会保険料の負担に関する帰着の問題もありますが、手取りベースで考えた場合、従業員が半分払う負担とは別の形で、企業が負担する約30兆円が手取り前で引かれているわけで、それが名目賃金にも影響を与えているという話もあります。社会保険料の負担はこれからもっと膨らんでいく可能性があるので、賃金の見通しについて、どう見ていらっしゃるのかを教えていただければと思います。
○熊谷常務執行役員
わかりました。
3ページ目に、私どもの中期予測を掲載したということを申し上げたのですが、ただ、冒頭にお断りしたのが、実はこれは年に1回しか改定をしないので、ちょうどこれから2月にかけて新しいものを出していくので、最新のものを織り込んでいる予想かと言われると、若干古いというところはございます。
一番上の部分で、GDPの大きな流れとしては、1%ちょっとくらいに留まり、一部で政府が期待しているような高い伸びというのは難しいかもしれないと考えております。
○小黒委員
この後、もうちょっと先というのはないのですね。
○熊谷常務執行役員
ここが一番先です。中期予測というもので、公式に出しているものはここまでの予想です。
金利は真ん中からちょっと下のあたりで、これも現実問題としては大きく崩れて国債暴落という可能性は確かにかなりあるとは思うのです。ただ、それを前提にすると経済見通しが発散してしまうような部分もあるので、こうした点も考慮して、そこにお示ししている数字となっております。雇用者報酬も下から6段目ぐらいのところですが、極めて緩やかな伸び率を想定しております。なお、この予測自体は、一応360本ぐらいの方程式を用いて、推計式はそのうち70本ぐらい、それで500個の変数を使うモデルで推計をしているものでございます。
○小黒委員
ここは先ほどの69ページ目の債務が膨らんでいくと長短スプレッドが開くというのと整合的ではなく、互いに矛盾しているということですか。
○熊谷常務執行役員
整合的ではないです。そういう意味でいうと、要するに、機関として公式に出していく穏当な経済見通しと、マーケットなどに関して考察する内容は必ずしも整合するものではないという面があり、欧米などの他のシンクタンクにも総じてこうした傾向がございますことをご理解頂きたいたいと思います。
70 ページ目を見ていただくと、左側が今までの構造です。今までは資金が余って、経常黒字になって、その結果、円高やデフレになり低金利だという、こういう非常にじりじり悪くなる構造があったわけですが、これからは右側で、貯蓄が取り崩されて、経常収支が悪化をして、円安、そして、インフレ、スタグフレーションになって、そこから悪い循環が発生するリスク、これを一部念頭に置く必要があります。
ちなみに、71ページ目は左がイギリスの1930年代の事例、右がアメリカの1970年代の事例ですけれども、いずれも経常収支、貿易収支が悪化をすると、そこでかなり長短スプレッドが拡大する傾向があるわけでございますので、ある意味で、今の日本は金利が低いことだとか、日銀が発行される国債のほとんどを買ってしまっていること、経常収支が黒字であること、そこにあぐらをかいているわけですが、将来的には財政の規律を回復することが大きな課題になると思います。
○植田委員長
時間の関係で、先に山田先生のお話を伺って、最後にまとめて前半の部分についても返っていきたいと思います。
それでは、山田先生、よろしくお願いします。
○山田理事(株式会社日本総合研究所調査部理事/主席研究員)
日本総合研究所の山田でございます。本日は貴重な機会をいただきまして、ありがとうございます。
先ほど熊谷先生からは、全てのテーマを扱われたお話だったのですが、私のほうは一点突破でありまして、実質賃金に焦点を当ててお話をさせていただきたいと思います。
これはあえて言うまでもないと思いますけれども、特に実質賃金の上昇率というのが、ある意味、年金財政にとってのさまざまな指標がある中でも重要かという観点です。それと、私自身が労働市場を中心に見てきたということもありまして、この点に絞りましてお話をさせていただきたいと思います。
内容は、この3つになります。まず、日本とアメリカとドイツで国際比較をしたときの日本の実質賃金が伸び悩みをしているわけですけれども、その原因をどう考えていったらいいかということを最初にいたします。結論的に言いますと、ここでは実質賃金という話になっていますけれども、実は名目賃金が結局重要ではないかということで、名目賃金が伸び悩んできた理由を考えまして、そういうものを含めまして、最後、なかなか予測は難しいのですけれども、どういうところが行方を決めていくポイントになるかということを最後にお話しするという順番でございます。
まず、現状の確認でございます。図表1-1をごらんいただきますと、日本の名目賃金、実質賃金の推移、これは一人当たりであります。それと、失業率を載せておりますけれども、基本的には言うまでもないですが、失業率と賃金の上昇率は負の相関にあるということであります。
ところが、まさに今、大きな焦点になっているのは、未曾有の人手不足という状況にもかかわらず、賃金上昇率は極めてマイルドになっているということかと思います。それのいろいろな理由に関しましては、熊谷先生も先ほど御説明をされたところかと思います。
今回は実質賃金に焦点を当てるということなので、実質賃金の動向を改めて1-2で、日本、アメリカ、ドイツで比較しております。
日本が青い線ですけれども、これは縮尺の関係でフラットになっておりますが、緩やかに下落傾向というのが、90年代半ばから特に2010年ぐらいまで続いていて、その後は緩やかにほぼ横ばいの動きになっているということかと思います。一方、アメリカは、この期間、ほぼ一貫して上昇傾向をたどっております。ドイツは、実は2000年代の前半に一時実質賃金は下がっておりましたけれども、ここ10年ぐらいに関しましては上昇してきているという動きになっているということであります。
こういう3カ国の実質賃金の動向の変化がどういう理由で生じているかということで、そこの分析をしたのがこのページでございます。一番下のところをごらんいただきたいのですけれども、これは恒等式でございます。実質賃金を3つのファクターに要因分解ができるということであります。すなわち、労働分配率と労働生産性です。それから、GDPデフレーターと消費者物価の比率、——ただし、これは実際には個人消費デフレーターを使っており、今後、消費者物価と個人消費デフレーターが少し入れ混じっておりますが——、要は経済全体と個人消費のデフレーター比率ですね。この3つに分解されることになります。これは定義式ということです。
これに基づいて3カ国の実質賃金の変化がどういう要因で推移してきたかが図表に示されているわけです。一番左はドイツであります。ドイツに関しましては、おおむね90年代後半以降で見ますと、90年代後半から2000年代の後半ぐらいまでの局面とそれ以降に分けて見ることができるわけです。すなわち、ここでの期間の前半は、実質賃金が総じて低下してきた局面です。
この内容を見ますと、特に一番きいているのは、労働分配率が大きく低下してきているということでありまして、この間というのは、いわゆるシュレーダー改革が進んだ時期であります。いろいろな労働規制の緩和、特に大きな影響があったのは、恐らくミニジョブといったような、日本で言いますと非正規のような労働形態を結構意識的にふやして、とりあえず雇用をふやす政策をとった。一部中小企業の労働規制の緩和もやりましたけれども、そういう結果として、分配率を大きく下げることで改革を進めていったわけですけれども、その間労働生産性は上がりましたが、分配率が大きく下がることによって実質賃金も下がったという形になっています。それ以降は、逆の動きになっておりまして、実は労働生産性自体の伸び率は低迷をしていまして、一方で労働分配率が上がる形で、結果として実質賃金が上がったという形になっているということかと思います。
全体の動きを規定しているものとして、GDPと消費者物価のデフレーター比率も影響している。ここの持つ意味は、次のページで後ほど御説明をいたします。
次の真ん中が、アメリカであります。アメリカは比較的単純でありまして、デフレーター比率はほぼ安定をしております。一方で、労働分配率自体が、直近は少し上がっておりますけれども、総じて低下傾向をたどる中で、労働生産性が高いペースで上昇して、これにほぼ見合って実質賃金が上昇する。結構基礎的な経済学で想定するような動きがここで生じているということであります。
日本は一番右でありまして、総じて実質賃金が横ばいから弱含み傾向で推移してきたわけですけれども、基本的に規定しているところはこのデフレーター比率でありまして、日本の場合はこのデフレーター比率が基本的には低下傾向をたどってきているということであります。
一方、よく労働分配率が低いので賃金が伸びないということが言われているわけですが、そこは単純な話ではなくて、これを見ますと、労働分配率自体は、実は2000年代の後半あたりでかなり上昇しておりますし、以前は下がっている局面もあった。一つ言えるのは、労働分配率の動きと労働生産性の動きがほぼ逆相関を推移してきた。こういう形で来たというのが、この3つの要素に分解したときの動きということになります。
したがいまして、日本の実質賃金の低迷の要因としましては、まずコンスタントにきいてきているのはデフレーター比率ということになっていきます。
では、このデフレーター比率が何を意味しているかということになりますけれども、これに関しましては一橋大学の深尾先生が早くから分析されておりますが、これが輸出入物価で計測した交易条件にほぼ連動するということになっております。この理屈は、要は、個人消費のデフレーターはほぼ内需のデフレーターに連動するわけですけれども、GDPデフレーターは、内需デフレーターに純輸出のデフレーターを加味したものになりますから、その差の純輸出のデフレーターというのはまさに輸出入物価で見た交易条件ということになりますので、この部分の違いが比率の変化を生んでいるということになります。
輸出入比率で交易条件の推移を見たのが図表1-4でありまして、アメリカ、ドイツに関しましては、比較的安定して推移してきたわけですけれども、日本は、直近は少し改善しているのですけれども、総じて、この期間に悪化する傾向をたどってきたということになります。輸出入物価比率ですので、要は、分子に輸出物価、分母に輸入物価を持ってきておりますので、それを分解したものが右側です。日本の場合は輸出物価が下落傾向をたどり、一方で、輸入物価が総じて上昇傾向をたどった、その結果になります。
輸出物価が下がってきた背景には、円高基調がつい最近まで続いてきたということプラス、日本の企業のプライシング行動ということがあると思います。すなわち、日本の場合は、輸出価格は現地通貨ベースでほぼ動かさないという傾向がこれまであった。そうしますと、円高が進みますと当然現地通貨ベースで固定しますと、円転をしますと価格が下がるという形になってきた。まさに、それゆえに直近は円安が進んでいますので、輸出物価が少し上がる形になっているということかと思います。
一方で、輸入物価が上がってきた背景には、原油価格を中心とした1次産品価格が特に2000年代前半にかけて大きく上昇した影響があるということかと思います。逆に近年は、原油価格なりが一方的な上昇ではなくて変動しておりますので、まさにそういう形で右端にありますように、輸入物価の動向が変動する形になってきているということでございます。
ですから、為替レート自体、なかなかどの程度政策でフィックスできるかということは当然あるわけですけれども、一つ言えるのは、プライシング行動です。先ほど熊谷先生もそれに近い話をされていたと思うのですが、比較的そこの変数としていじることが可能な部分としては、プライシング行動というものがあるのではないか。日本の企業は非常に価格に対しての転嫁には慎重であり、特に象徴的な違いで言いますと、通貨が強くなったときに、ヨーロッパの企業というのが、例えば日本でユーロが強くなったときにはフォルクスワーゲンが基本的には値上げをやっていくわけですけれども、日本企業はそういうことをしないというところです。そこが一つの要因になっている。もちろん、これだけの理由ではないのですけれども、それが一つだと思います。
労働分配率と実質賃金の関係というのは、先ほど見ましたように単純ではありません。アメリカの場合は、見ましたように、労働分配率は基本的に低下する中で高い生産性上昇があった結果として実質賃金が上がってきたということでありますけれども、逆にドイツは直近はここ10年ぐらい違う動きをしているわけで、生産性が鈍化する中で、分配率の引き上げ自体が賃金上昇に直結するという動きであります。ここから見ればわかりますように、労働分配率の動きで賃金の決定ということを議論するのは、なかなか簡単な話ではないなということかと思います。
私自身は、むしろこの日本のこれまで確認してきた実質賃金の低迷の背景には、一つは先ほど申し上げました交易条件があるわけですけれども、もう一つ重要なのは、まさにその3カ国を比較したときに、日本の特異性というのは、名目賃金が基本的には下落基調をたどってきた、これがかなり特異であったということかと思います。ですから、ここの部分に重要な要因があるのではないかという考えを持っております。
その話を少し実証めいたことをやったのが、図表1-6であります。これは生産性と賃金を実質ベース、名目ベースそれぞれで見まして、この4つの変数の間のグレンジャーテストを、時系列的な因果関係を計測したものであります。
これを見ますと、通常経済学が想定する実質生産性、経済学は基本的には実質の世界を考えるということだと思いますが、実質生産性が上昇することによって実質賃金が上がる。これはかなりF値の高い形で検証がされている形になっております。ただ、問題は、実質賃金とか実質生産性というのは、なかなか現状としてはコントロールできないということなのだと思います。基本的にコントロールできるのは名目の世界でありまして、そういう観点から名目の変数の因果関係を見ていきますと、実は名目賃金と実質生産性の関係を見ますと、双方向に時系列的な因果関係は計測されるのですけれども、より強く名目賃金の動きから実質生産性のほうに影響が出るということが計測されることになっております。
これの解釈はこの上に書いてあるとおりなのですけれども、非常にミクロなベースでいきますと、従業員のモチベーションの話であります。一時的な賃金の下落ということであれば従業員は耐えるわけですけれども、長期にわたって賃金で低迷しますとモチベーションが低下するという問題がある。
もう一つは、ややセミマクロというか、これも先ほど熊谷先生の御指摘されていたところかと思いますけれども、実は名目賃金が上がらないということは簡単に人件費コストをカットできるということであって、不採算事業を整理するプレッシャーが企業にとってなくなってしまう。そうしますと、結果として収益性の低い事業が存置されまして、生産性が低迷していく。そういうルートが考えられるのではないかということであります。これはあくまで一定の前提を置いた、一定の期間であります。こういうことが計測されるということであって、アネクドータルな部分も含めますと、大きく外れている解釈ではないのではないかと私自身は考えております。
ですから、そういう意味では名目賃金の下落のところが、実質賃金の低迷の要因としていろいろなルートをたどった結果ですが、逆に言うと、名目賃金が上がらなくても物価が大きく下がれば実質賃金は上がるわけですけれども、過去は名目賃金の低迷自体が、特に実質生産性の低迷をもたらす結果として実質賃金の低迷をもたらしてきた。そのルートが無視できない大きさであったのではないかと思います。
そういうところから見ますと、今の政権が名目賃金の上昇に対して基本的には禁じ手と言われるやり方ではあるかもしれませんけれども、一定の介入をしているということは、私自身はこれに関しては正当化できることではないかと考えています。
以上が分析なのですけれども、さらに名目賃金の下落がなぜこれまで起こってきたか。これに関しましても、日米独、ここではヨーロッパになりますけれども、比較から見ていきたいと思います。
図表2-1が、生産性と賃金と物価を3カ国で比較したものであります。一番左が実質労働生産性であります。よく生産性が日本で低迷していると言われておりますけれども、これを見ますと、実質労働生産性自体がアメリカと比べるとかなり大きく低迷をしていますけれども、意外にヨーロッパと比較するとそれほど低迷していないということも見られると思います。
一方で、大きな違いが見られるのは一番右でありまして、付加価値労働生産性と言っていますけれども、要は名目ベースをはかった生産性でありますが、これが極めて日本だけ特異な動きをしているということになっております。
こういう違いの背景、これはいろいろなことがもちろん想定されるわけですけれども、私自身は労働市場を中心に見てきた経緯もありまして、特に労働市場のあり方、あるいは雇用関係のあり方というところにかなり重要なファクターがあるのではないかという仮説を持っております。それに関しまして、以下、説明させていただきます。
まず、労使関係を前提にしたとき、当然経済が大きく変動するときに対して、企業経営を継続していくときに、特に人件費の調整ということが必要になってくるわけです。景気が悪くなりますと、当然人件費を減らしていかなければ企業経営が成り立ちませんので、その調整を余儀なくされるわけですけれども、これはかなりアメリカ、ヨーロッパ、日本でパターンが異なってきます。
アメリカの場合は、御案内のように随意雇用契約ということで、解雇に関しては自由、差別は極めて厳しく規制されますけれども、事業上の理由であったり、能力不足といったところに関しましては、かなり自由にできるということになります。ですから、これはかなりスピーディーに人員削減という形で人件費調整を行うというのがアメリカの特徴であります。
ヨーロッパに関しましては、アメリカに比べますと、解雇に関しましてはかなり厳しい規制があるわけです。ただ、事業上の理由に関しましては、一定の厳しいルールがある国が多いのですけれども、そのルールをクリアすれば、事業上の理由による整理解雇は認められている。一定の時間がかかりますけれども、これがヨーロッパのやり方であります。
日本はある意味欧米と対極にあるわけであって、正確に言いますと、大手企業と中小では違うわけですけれども、特に大手企業中心に、雇用維持に関しましては極めて優先する。整理解雇の4要件が今日まで存在するわけですが、事業上の理由による整理解雇に関してもかなりハードルが高いということで、賃金調整ということに走りやすい、そういう違いがあるということかと思います。ですから、もともと賃金調整をやりやすいわけで、不況が長期化しますと賃金調整が継続して行われてきたということが、ある意味非常にざっくりした名目賃金が伸びなくなった理由ということになるかと思います。
ただ、こう見ますと、賃金が下がってきているのはつい最近というか、正確に言いますと97年以降ということであって、直近は少し戻っておりますけれども、いずれにしても、名目賃金の伸び悩みというのは過去20年ぐらいの現象であって、それ以前はそうではなかったわけであります。
では、以前はなぜ上がっていたのかという逆の問いが出てくるわけですけれども、それにはマクロ的な環境とミクロ的な要因、大きく言うとその2つがあると思います。
マクロ的な環境は、このページの下半分に書いておりますけれども、一つはまさに一定の人口の伸び率のもとで右肩上がりの成長が続いていたということであります。
それから、物価が上昇するというのが当時まだ当たり前の時代であって、これは特にサービスに関することですけれども、品質の上昇とか実質ベースの生産性の上昇がとまらなくても値上げが社会で受け入れられる環境にあった。こういうマクロ的な環境が生じていた。ある意味、これは通常のケースなのかなと思うのですけれども、まさにそういうマクロ環境が成立していたというのが大前提としてあった。逆に言うと、この環境が大きく変わったのが90年代後半以降でありまして、このマクロ環境の変化が、先取りしますと、一つの要因になっているということであります。
ただ、こういう環境でもミクロというか、これは労働市場、労使関係の話になってくるわけですけれども、そういう環境、実際に賃金の上昇を実現していくための仕組みがこれまであったわけで、これは幾つかあると思うのですけれども、ここではあえて2つ指摘しています。
一つは、専門的な用語が入っておりますけれども、「職能資格制度」と言われる賃金制度ですね。日本は特に高度成長から90年代の半ばぐらいまでとってきております。これは年功賃金と言われるものであります。能力というのは劣化しないという考え方のもと、基本的には下方硬直性が極めて強い賃金制度をとられてきたということであります。したがいまして、一時的に景気が悪化しても賃金が下がらないわけです。
もう一つは「春闘」という形で、まず成長力のある企業が賃金を上げて、それに連動して中小企業まで賃金を波及させていく。もっと言いますと、生産性が余り高くない企業も賃金を上げることを、これでもって仕組みでつくってきたということであります。まさに、この春闘が果たしてきた役割はかなり重要だと思います。それは先ほど言いましたように、サービス価格が日本で上昇してきた背景と連動しているわけであって、サービスの場合は生産性が低いわけですけれども、それでも賃金が上昇しているのはこの春闘があって、それと同時に値上げを受け入れる素地があったということで、値上げがされてきた。いわゆる生産性格差インフレが生じる条件がそれまであったということかと思います。
ところが、ここの2つの要因が、ミクロのところで見ますと成果主義の動きであり、あるいは春闘の機能不全化という中で、賃金を押し上げていく仕組みが消滅していったのが今の状況かと思います。
9ページ、10ページは業種別にブレークダウンをしていますけれども、特に90年代以降、製造業、製造業がまさに春闘をリードしてきたわけですが、空洞化の圧力に関しまして、雇用維持のためには賃金の要求を抑えていくという行動が生まれて、一方で、非正規をふやすことで賃上げの対象外の労働者をふやすことで、全体として賃金を上げていく力がなくなっていったという話であります。
もう一つはサービス業です。サービス業は少し違うロジックだと思います。先ほど言いましたような生産性格差インフレを生んできた条件がなくなったということだと思いますけれども、これを見ますと、サービスの価格が上がらなくなっていく中で賃金の上昇もとまってきたということが確認できるということであります。
このサービス価格に関しまして、国際比較も踏まえながら、もう少し詳しく見てみたいのですけれども、図表2-12、左の表題が間違っておりまして「サービス物価の国際比較」と変えさせていただきたいのですが、日本はデフレーションというのが、ようやくデフレではない状態ということではありますけれども、依然として先進国の中では消費者物価上昇率が極めて低いということは、まだ変わっていないわけです。その分野別で見たときの非常に重要な理由というのは、このサービス価格が上がらないというところかと思います。それはまさに2-12に書いてあるとおりであります。サービス価格が上がらないというのが、日本に特異な状況になっているということです。
サービス価格に関しては、かつては上がっていたわけですけれども、なぜこれが上がらなくなってきたかということの解釈なのですが、私自身は以下のように考えてございます。90年代は、まさに内外価格差の問題が極めて強く取り上げられた時代であったと思います。このときに、特に生産性が非製造業のところが低いということで注目されたわけですけれども、ここは公定価格、公共料金が価格規制を強くしておりましたので、こういう部分で価格規制を緩和していく。それから、新規に参入を誘導することによって、生産性を上げると同時に内外価格差を是正していこうという大きなムーブメントが起こったということかと思います。
もちろん、これは通信のような分野でありますと、新規の分野であって、価格が大きく下落することによって新規の需要が喚起されましたので、そういう意味では、これは非常に政策的に評価できる部分もあるわけです。一方で、例えばタクシーとか交通のようなところでありますと、もちろんこれはそういうプラスの面もあったわけですけれども、価格下落することによって必ずしも需要がふえない、あるいは結果として名目ベースの付加価値が圧縮されていって人件費の削減につながっていくというメカニズムも働いたという側面があったのではないかと思います。
いずれにしても、こういう価格抑制が続いていって、生産性も低ければこれはある意味仕方がないということなのですけれども、現実には、もちろん90年代の半ばはこの状況であったので、この時点での対応は決して間違っていたわけではないと思うのですが、それ以降、この内外価格差是正ということが基本的な考えの中で、価格の抑制がずっと長期的に続いてくる。一方で、現実にはサービス分野での品質というものがかなり上がっていったというのが実態ではないかと思います。
やや乱暴な言い方になりますけれども、むしろ分野によっては、サービス産業のかなりの分野で内外逆価格差が発生する状況にもなっているのではないか。それを具体的なアンケート調査で裏づけているのが図表2-13であります。これは日本人とアメリカ人、互いに日米で住んだことのあるビジネスマンにアンケート等調査をしたものでありますけれども、ここに書いてありますホテルであったり、タクシーであったり、宅配便であったり、さまざまなサービスですね。それぞれ日本とアメリカの品質、どちらのほうが高いのかと聞いているわけであります。これを見ますと、分野によってばらつきがあるのですけれども、総じて見ますと、日本人はもちろんですが、アメリカ人も日本の品質のほうが高いと答えているということであります。これも先ほどの熊谷先生の御指摘にも通じるところでありますけれども、実際、直観的にも20年前に海外に行ったときと比較すると、いろいろなサービス、あるいは最近東京を初め日本で受けるサービス、かなり質が上がっているということではないかと思います。ただ、物価が上がらないという通念の中で、結果的に品質から見たときの価格面での遡及ができていない。これが一つの大きな、結局サービス産業での賃金上昇を抑えるファクターになってきているということかと思います。
少し話が発散したところもありますけれども、以上を最後にまとめたのがこのページであります。実質賃金が上昇する条件ということで、これはもちろんここだけに書かれていることにはとどまりません。ベースは生産性を上げていくということですので、規制改革であり、グローバル化であり、いろいろなものがあるわけですけれども、あくまでこれまで見てきた分析、まさに労働市場というところに焦点を当てたときの条件ということでいきますと、1つ目は、交易条件の改善をもたらすようなプライシング行動が焦点ではないか。2つ目は、国内のサービス価格ですけれども、消費者が高品質の商品とか特にサービスの場合、高品質が当たり前だという通念が回復されるかどうかというのも重要なファクターかなと思います。
全体として、名目賃金を一定程度、今の状況ですと、先ほど見ましたように、例えば賃金制度のところが変わってしまったとか、あるいは春闘の機能がかなり低下してしまったということから見ると、何らかの形で新しい賃金を上げていくような仕組みを復活させていくことが重要ではないかということかと思います。
あえて、今の政府の賃金に対する介入ということにコメントさせていただきますと、これ自体は、本来は労使自治の原則から見ると余り望ましいことではないわけですけれども、ただ、今、恐らくこれを単純に外してしまうとなかなか賃金が上がらない状況になっている、逆にデフレに戻ってしまう話があるのではないか。そういう意味では、今のこの動きが続いている間に新しい形の賃金を上げる仕組みをつくるということが課題ということかと思います。
4つ目ですけれども、当然最終的に生産性を上げていくには、人、金のリソースを不採算事業、あるいは低生産性部門から高生産性分野にシフトしていくことが大事であります。そういう意味では、労働市場改革が当然重要なファクターになってくるということでございます。逆に言いますと、これらの条件がどの程度クリアされてくるのかによって、賃金の上昇がこれから実質賃金ということで決まってくるという話ではないかと思います。
以上、私のほうからの説明を終わらせていただきます。どうも御清聴ありがとうございました。
○植田委員長
ありがとうございました。
労働市場、賃金周りに絞りましてお話しいただきましたが、こちらも何時間議論しても尽きないテーマであります。
吉川委員、お願いします。
○吉川委員
どうもありがとうございました。
おっしゃったことは大体同意見なのですが、幾つかコメントさせていただきます。
まず、最後の政府の働きかけ、これは官製春闘などと言われますけれども、私も結論的には逆所得政策というのは、昔の60年代末はインフレを抑えるための所得政策、インカムポリシーだったわけですが、それとは逆という意味で、逆所得政策。問題があるにしても、今のところしようがないかなと、そこは全く同感であります。
それから、非常に重要なポイントとして、交易条件のことを指摘されました。例えば円高になったとき、現地の通貨建ての価格を上げたりするのかどうか。プライシング・ツー・マーケットとか、そのようなことがどうも経済学で最近言われていると思うのですが、日本と欧米の優良企業で大分違う。おっしゃるとおりなわけです。それは前半の熊谷先生のお話の中で、宅配便等を念頭に置かれて国内でのプライシングの問題を指摘されたと思うのですが、結局国内、国外、全体として両方とも日本の企業はプライシングに問題があるのではないか。私はほかのことでも日本企業はあるところからバブル崩壊後、かなり退嬰的になり、リスクをとらなくなってしまったのではないかと考えているものなのですが、それがプライシングにも出てきているのではないかと思っています。
御指摘の交易条件の影響については、マクロの数字で言えば、国民経済計算でも見られるわけで、GDP、国内総生産からGNIに移る。今の政権でもGDPではなくてGNIで今後は考えたほうがいいとか、GNIを幾らにするということを言っていた、あるいは今も言っているのだろうと思うのです。このGDPからGNIに移るときには、御存じのとおりいろいろな要素、例えば労働や資本の海外と国内の出入りを調整するということはよく知られているわけですが、それと並んで交易利得・損失というものがあるわけです。私の記憶では、問題になる2000年代の前半くらいで、差し引きで7~8兆のロスが生じていたと思うのです。これはもちろんわかりやすく言えば日本経済全体へのマクロでの課税ということになるわけで、その分、日本人全体のウエルフェアが抑えられる。きょうのお話で分配率が下がったあたり、あるいはおおむね賃金が下がり始めたような時期とも関係するわけです。いずれにしても、マクロで見ても相当大きな交易損失が生じていた。これはミクロで言えば、日本の企業のビヘービアといいますか、この場合、プライシングというものによってかなり生じている部分もあるのではないかと思います。
最後に、ちょっと言葉尻を捉えるようなのですが、山田先生だけではなくて、6ページ、昔は右肩上がりの賃金上昇が実現したのは云々、一定の人口伸び率のもとで右肩上がりの成長の時代と書いてあるのです。私は今のをひっくり返すと、今や人口減少、右肩下がりの経済というクリーシェになっていると思うのですが、このデモグラフィーは70年代の終わりからはっきりしていたと思うのです。しかし、人口減少、当時で言えば近未来でという言い方になるかもしれませんが、だから、日本経済はだめだ、あるいは近未来にだめになるという議論はなかったと思います。バブルの時代はもちろんデモグラフィーははっきりしていたわけですが、バブルの時代は言うまでもない。90年代にバブルがはじけてからも、当初は不良債権の問題とか、むしろ過剰な雇用が問題になっていたと思うのです。
ですから、デモグラフィーでだめなのだ、人口減少でだめなのだというのは、私の記憶をたどればかなりのニューカマーで、2000年代に入ってきてから、まさに賃金が下がる、日本の企業全体が退嬰的になってくる中で、かなりこのデモグラフィーということがクリーシェになって出てきたように思っています。もちろん、私はデモグラフィーの影響はないと言っているのではなくて、マイナス面はたくさんあると思います。それはそうなのですが、いわば枕言葉としてどこでもそれが出てくるというのは、この10年ちょっとの話ではないかと思っています。
どうもありがとうございました。
○植田委員長
時間の関係で、皆さん方から御質問等をいただいて、後でまとめて山田先生にお答えいただければと思います。
権丈委員、お願いします。
○権丈委員
どうもありがとうございました。
年金サイドからの質問で申しわけないのですけれども、私の関心は雇用、賃金と物価です。賃金と物価で、1%程度の中長期的な仮定を置くことを総合的な判断としてどのように考えられるかをお伺いしたい。
その理由は、年金がやっていることは、現役世代と年金受給者の生活水準のバランスをとることですけれども、そのバランスをとるためにマクロ経済スライドというものを導入して、世代間で余り差がないようにやっていこうとしている。ところが、マクロ経済スライドの中に、名目下限の堅持という条件が入っている。名目額は下げませんと。一方、マクロ経済スライド調整率は人口要因でほぼ値は一定額が決まる。それを上回った物価水準と賃金の伸びがないことには、年金受給者と現役世代の生活水準のバランスをとるというのは、世代間でずれが出てくるわけです。
だから、マクロ経済スライドをフル適用してくれているのであれば、この質問はなくなるのですけれど、どうも、名目下限という条件がある。したがって、総合的な御判断のもとに、1という数字を設定することは、中長期的に、あるいはここで提示された政策が成功するかどうかにも依存すると思うのですけれども、どのように御判断されるのかをお二方にお伺いしたいと思います。
○植田委員長
御質問があれば先にお願いします。
玉木委員、お願いします。
○玉木委員
山田先生のお話の中で、名目賃金から実質生産性への因果があるという御指摘がございまして、これは名目賃金が低下していくと生産性が余り上がらない、下がっていくということだと思うのですが、これは恐らく非正規の方に対して研修しないとかということであるかと思うのです。あと、熊谷先生からもリカレントという言葉がございました。この名目賃金と実質生産性の余りよくない因果関係を是正するのに、リカレント教育は確かにあるのですけれども、それ以外に企業経営とか政策対応で何かできることはございますでしょうか。この点、伺えればと思います。
○植田委員長
武田委員、お願いします。
○武田委員
きょうはお二人に大変すばらしいお話をいただきまして、まずは御礼申し上げます。
その上で、山田先生にお伺いしたいと思います。1点はコメント、残り2点が質問も兼ねての意見になります。
1点目、日本の企業は賃上げよりも雇用の維持を選択してきたというフレーズが9ページにございます。確かに既に抱えていた雇用、目の前に見えていた雇用という意味では、企業は守ってきたと思いますが、問題は、潜在的な雇用、つまりバブル崩壊後の世代の雇用、さらに先の未来を担うはずだった若者の雇用を守ってきたのかという点です。よく日本の企業は雇用を守ってきましたというフレーズがございますが、それは果たしてその局面のみならず、過去30年間を見てそう言えるのかどうかということが1点目でございます。
2点目は、成果主義のもとで下方硬直性が緩和してきましたというお話がございました。これも既に正規の賃金と非正規の賃金とで分解した研究がいろいろございますし、私自身も分析しておりますけれども、既存の正社員については、コーホートで見ると実は上がっているのです。下がったのは、その次の世代の賃金の伸びを抑制してきたためです。つまり世代間の問題です。全体の平均ではなく、コーホートできちんと見ていくと年齢とともに既存の正社員の賃金は上がっており、その分のコスト抑制を次世代の賃金の伸び抑制ということで全体を抑えてきた。その辺は内閣府の経済白書などでもきちんと分析はされていると思いますが、その点についてはどうお考えなのか、質問させていただきたいと思います。
3点目は、非常に難しい論点ですが、今後生産性が低い分野や不採算事業からは撤退し、高収益事業へ労働力をシフトさせていくことが重要であるとのお話でした。私もおっしゃっているとおりと思います。私自身もよくその点を話すと、必ずどうしたら実現できるのか質問をいただくことが多いため、もしよろしければ先生の御意見も伺いたいと思います。
本日のプレゼンテーションの内容は、極めて同意見の部分が多く、何か違和感があるわけではないですが、せっかくの機会ですので以上の点について山田先生の御意見を伺えれば幸いです。
○植田委員長
ほかに御意見、御質問、いかがですか。
小野委員、お願いします。
○小野委員
ありがとうございました。
1点だけ、私は専門ではないので、山田先生にお伺いしたいのですが、春闘などのお話が出てきましたけれども、日米独の3カ国の労働組合の状況とか、賃上げに果たした労働組合の機能だとか、そういったところに違いがもしあるのであれば、そのあたりを教えていただきたい。その点だけでございます。
○植田委員長
恐縮ですが、時間の関係でこの辺で、山田先生にまず3~4分で、全部にお答えいただかなくても結構ですので大きな論点のところだけお願いして、後で熊谷先生のほうももし何かあればお願いしたいと思います。
○山田理事
本当にいろいろとコメントをいただきまして、ありがとうございます。
それぞれ真面目に話すと結構かかりそうですけれども、吉川委員、本当にありがとうございます。
人口の問題については全く同感なのですけれども、問題は人口が制約になっているという思い込みが蔓延しているということなのではないか。これは権丈委員が御質問されたことともかかわるのですけれども、ピケティの例の本で書かれていましたが、あの分析で非常におもしろかったのは、非常に長期でとっているのですけれども、人口一人当たりの生産性は多くの国で1%で大体収束しているわけです。ですから、長期で見たときに、一人当たりの所得が1%、すなわち生産性が1%ぐらいふえていくというのは、ある意味、極めてモデレートといいますか、納得できる数字ではないかと思います。
問題は、日本はきょう見たようにかなりいろいろなゆがみが生じてしまっているものですから、ここのゆがみをとっていかないと結果としてそれが実現できないリスクがあるということで、そこは明確に答えられなくて申しわけないのですけれども、恐らくベースとして実質賃金が1%ふえること自体は、ベースシナリオとしては妥当なのではないかと思います。ただ、いろいろな留保がついてくるということに対して、逆にその政策をしっかりやっていかないとだめだということです。
それから、リカレントの話だったと思うのです。これは最後に武田委員から御質問いただいたことにもかかわるのだと思うのですけれども、生産性を上げていくのに、まさに人材をシフトさせるとか、再教育すればいいというのは、エコノミストは簡単に言うのですけれども、これは極めて難しい問題です。ただ、客観情勢ではチャンスが訪れていると思うのは、日本が人口が減少していくので労働力が減っていくということ。企業の数が結果的にもう既に減っていっているわけですけれども、この先にもっと減っていくと思います。これを生産性の高い企業がいろいろなところを買収していったり、あるいは取り組んでいくというような再編をスムーズにすることによって、結局生産性が上がっていくプロセスがあるのではないかと思います。
もう一つは、AIを含めいろいろなIT技術の発達の結果、これまで見えなかったプロセスみたいなことが標準化されてきているということであって、従来ですと本当に技能を上げるのに時間がかかったとか、個人的な差が強かったわけですけれども、こういう新しい技術をうまく活用することによって、先ほど途中で車のドライバーになれないとかという話がありましたけれども、恐らく将来的にはドライバー自体、AIが動かすようになり、そこの判断業務だけになってくるとかということで、そういうものをうまく活用していく可能性は出てきているのではないか。そこを目がけていくということではないか。そういうことで考えています。
武田委員がおっしゃった若い世代やコーホートの問題、私はあくまで平均の数字で申し上げていますので、こういうことなのですけれども、現実には世代によって違いがありますし、そこの問題というのは具体的な政策論などが極めて重要な話、特に若い世代に関しましては、今後長く働かれる人ですので、集中的にそこに政策を投入していくことが大事だと思います。
最後、労働組合の御質問をいただいた件ですけれども、これはかなり明確に違います。アメリカは、逆に言うと、かつては敵対的な組合だったものですから、レーガンのときに徹底的に組合潰しをやるわけで、今、残っているのは本当に一部の公務員、あるいは自動車とか、かなり古いところだけであって、組合組織がかなり低下してしまって、労使関係というのは集団的なものではなくて個別にどんどん変わっていっています。そういう意味では、賃金を押し上げるプロセスは、組合の交渉というよりは転職市場によって景気がよくなりますと、人の取り合いになって賃金が上がる。逆に格差自体が開くというメカニズムになっているということです。
ヨーロッパの場合は、日本と全く組合の成り立ちが違って、日本は個別組合なわけですけれども、これが産業別組合になってきていますので、かなり交渉力が強いわけです。賃金交渉力が強過ぎるがゆえに失業が起こるという逆の問題が起こっているということであって、そこの違い、そういう意味では、日本の特異な組合のあり方も日本の特徴なので、これを生かしていくことなのですけれども、政策論的には横の連携をどう強めていくかということが課題になってくるのではないかと思います。
以上でございます。
○植田委員長
熊谷先生、もしよろしければ、お願いします。
○熊谷常務執行役員
簡単に申し上げます。
まず、権丈委員の御質問ですが、私も山田先生がおっしゃったのと結論としては同じで、ベースのシナリオとしては比較的穏当な線なのではないかと思いますし、十分達成はできると思います。ただ、問題は、国民にとって耳の痛いことを先送りせずにできるかどうかです。例えば財政規律の維持だとか、社会保障制度の抜本的な改革だとか、解雇規制の問題等を巡って、ある種のポピュリズム的な要素が今、あると思います。今後は国民にとって耳の痛いことをちゃんとできるかどうかが分水嶺になるのではないかと考えます。
教育については、私自身は昨年、ハーバードのビジネススクールでAMPという上級マネジメントプログラムに2カ月弱、それまで私は余り海外で生活したことがなかったのですが、初めて参加をして、欧米の高等教育のレベルは非常に高いなということを身をもって痛感しました。
一つは、先生の中で非常に競争原理が働いている点です。多くのハーバードビジネススクールの教官にとって、AMPで教鞭を取ることは、この上なく名誉あることです。そこでは、生徒が先生を評価して、先生がAMPというところにいられるかどうかが、まさに生徒の評価によって決まっていきます。例えば、いずれはテニュアを得られるかどうかとか、非常に強い競争原理が働いているということを感じました。
教育の中身自体も、例えばリーダーシップ論などで言えば「シェーク・ザ・ツリー(木を揺さぶれ)」ということを最初に教えられます。いろいろな人がさまざまなアイデアという「木の実」を持っているから、リーダーがその木を揺さぶって、これはダイバーシティーの重要性ということですが、いろいろな考え方が切磋琢磨する中からイノベーションが生まれてくるという教えです。今、日本は勉強しにくる外国人も少なくなっているし、日本人が全然海外で勉強しなくなっている。だから、これはある程度国費で支えるような形で、もっと人材に国際的な経験を積ませて、多様な見方ができる人材を育てることが必要なのではないかと感じます。
人工知能との関係で言えば、人工知能があっても、それでも最後に人間に残されるものは何なのか。そこを考えた教育をやる必要があって、一つは創造性です。人工知能は基本的に物事を過去の延長線上で考える傾向がありますので、大きな変曲点に来たときの例えばリベラルアーツ的なものを踏まえた大局的な判断が重要となります。
あとは対人関係能力です。よく医師という職業はなくなるかもしれないけれども、看護師という仕事は残るのではないかと言われています。
突き詰めると、人類がなぜ生き延びてきたのかといえば、ある種、いいかげんだからこそ生き残った面があると思うのです。人間は状況がまずくなるとルールや判断を変えるという、そこのある種のハンドルの遊びみたいな人工知能ではできない部分について、人間の教育で注力をしていく必要があります。教育自体も人工知能に対抗できる人間をつくるにはどうすればいいかということに相当ウエートを置く必要があるのではないかと。僭越ですが、そういったことを考えております。
私からは以上です。ありがとうございました。
○植田委員長
ありがとうございました。
いよいよ議論したいことがまたふえましたけれども、残念ながら時間を超過してしまいましたので、次回以降について事務局から何かございましたら、お願いします。
○武藤数理課長
次回以降の日程につきましては、改めて御連絡申し上げたいと思います。
○植田委員長
それでは、きょうはこれまでにしたいと思います。
熊谷先生、山田先生、どうもありがとうございました。
また、皆さん、お忙しい中、ありがとうございました。
(了)